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愛媛県史 民俗 下(昭和59年3月31日発行)

第一節 伝説

 「口頭伝承」には、伝説・昔話・民話・諺 秀句その他・謎・命名・日常生活用語が包括されるが、本篇ではこのうち民謡は第七章民俗芸能に移項して述べられている。
 この章では、愛媛の口頭伝承の特質にかんがみ、第一節伝説、第二節昔話・トッポ話・早口言葉など、第三節地名・名字・伊予ことばにわかち述べることとする。

 伝 説

 伝説…とは何であろうか。これまでのところ、昔話と較べながら、その成り立ちのうえから説明されてきた。昔話は「昔々、あるところに、爺と婆がおりました。」と語りはじめられるが、伝説は特定具体的な事柄が・特定の時代・特定の場所によって語られるものとされた。このことを踏まえて、昔話は架空のはなしで誰もその内容を現実のものとして信ずるものはないが、伝説はこれを語るものはもちろん聞く者も真実のことと信じようとし、あるいは信じられてきた。その結果、伝説は絶えず歴史化され合理化されようとする趨勢を持つ。そして、もうひとつは、昔話は語りかたに一定の型があるのに伝説にはこれがないということ。昔話と伝説の相反する性格の特徴を挙げることによって伝説の説明が試みられてきた。この相違点は歴史と文学との相関々係にも適応されるものであって、神話を母胎とした伝説の発生は、のちに信仰的基盤を失った伝説が昔話となり、昔話がさらに笑話に変化するのであるといわれてきた。
 しかし、こうした「伝説とは何ぞや」の問いに対する説明は型式のうえでの規定であって、内容の説明ではない。伝説を信ずるか…ということひとつを取り出してみても、それは時代や伝承者によって異なり、いろいろな条件―歴史・社会・信仰―によって差を生ずる。昔話には語りかたに型があるが伝説にはこれがない…ということについてはどうであろうか。事柄の内容を事実として報告しようとするとき、時・場所・人物・理由・内容―の順序に叙述することは報道の常道であり、記憶を持続するための型でもある。口頭伝承とてもこの型からまぬかれるものではない。さすれば内容を同じくする物語が、あるときは神話として、あるときは伝説・昔話として語られることをまぬかれない。型式の相違は説話機能にもとづくものであって、同一内容説話は伝説・昔話の相互に移行しあうものといえる。

 伝説の分類

 さきに挙げた伝説の固有名詞的性格・信憑性格・無話型の特徴を伝説の領域に設定し体系づけした分類基準を『日本傅説名彙』(柳田国男)に見ることができる。語られる伝説内容によってではなく、伝説と結びついて存在する具体的事物によって六種に大別された伝説体系が展開されている。一、木の部(木蕨芋菜薄竹葦)二、石・岩の部(石岩)三、水の部(橋 清水 湯 池 川 渡 堰 淵 滝 水穴)四、塚の部(塚穴) 五、坂・峠・山の部(坂 峠 山 岳 岡 谷 洞 崖 窟 沢 島 碓 瀬 屋敷 城跡 屋 田 村 森 畑 原) 六、祠堂の部(地蔵 薬師 観音 不動 仁王 毘沙門 大師 権現 閻魔 如来 仏堂 鐘 弁天 稲荷 大明神 神社 宮)がそれである。
 柳田国男の伝説分類の固有名詞的存在を普通名詞的事物に拡大し、源義経など歴史的事件と結びついた特定人物をめどとしての伝説分類を行う道を拓いたのが関敬吾である(日本民俗学体系10「民話」)。比較研究の立場から伝説存在形態や機能を基準としてつぎのような三分類を提示した。一、説明(発生)伝説(自然現象・天体に関する伝説、動植物の発生的伝説、岩 石 山 谷 坂 峠 池 沼などの伝説、文化的建造物祠堂地蔵神社などの由来、これにともなう信仰を語る伝説、家名、地名あるいは祭礼行事その他の諸慣習を語る伝説)二、歴史的伝説(歴史的人物事件と結びついた伝説)三、信仰的伝説(民衆の呪術信仰的体験から生まれた伝説で、山の神 山男 山姥 天狗 水神 河童 池沼の主竜神 蛇 家の神 座敷わらし 妖怪 巨人などを主体とした伝説)。
 国文学の民俗学的研究の視点から関敬吾の伝説領域をさらに拡大して、一、神人の伝説 二、氏族の伝説 三、女人の伝説 四、動植物伝説 五、天象地理伝説 六、宗教伝説に分類し、一六五項目の伝説を提示解説した臼田甚五郎(「日本伝説事典」)や、伝説の発生史的視点から 一、神話的伝説 二、歴史的伝説 三、文芸的伝説の三分類を提示した桜井満(「日本民俗学の視点」1巻「伝説」)の試みなどもある。
 柳田→関→臼田と拡大される「伝説」は、隣接する口承文芸(語り物 昔話 世間話など)との境界をおぼろげにし、重ね合わせ、ひいてはその境界を撤廃させ、それぞれの持つ特性を「民話」と呼ばれるもののなかに埋没させる危険性を持っており、現に県内の民話蒐集活動にあっては既にこの傾向は顕著であって、もはや混乱の極にあるともいえる。動植物学においてその分類学が研究の基礎的段階であると同様に、口頭伝承においても分類は必須条件である。〝現代の語り部〟などと表現する報道機関もその因の一つであろうが、根本的には「伝説」とは何か」という問いに対して、その形式・属性・機能などよりの領域・分類の概念規定が確立されていないことがその要因である。

 伝説の機能

 過去に実際おこったと信じられる出来事によって、集団の過去と現在との連続性を維持し、それによって集団の連帯性、ことに集団と特定の土地との結びつきを強化すること…が「伝説」の機能であると大林太良は説いている。その根底には三つの構成要素が存在すると岩瀬博は述べる。第一は古代的想像力を導き出さずにはいられない不思議な特徴を備えている事物の存在であり、第二はそれに対する人間の原初的な感動=新鮮な感動であり、第三はこれに与えられた表現としてのことばである。伝説の発生は即伝説の成立を意味しない。発生した伝説は共同体によって繰返し伝承されることによってのみ初めて成立する。伝説の構成要因が特定の事物・原初的感動・ことばであるなれば、伝説の伝承とは共同体がこの三要因を時間的に保持し追体験することである。保持・追体験の欠落した伝説は語り継がれたとしても既に伝説機能を喪失した伝説といわざるを得ない。集団の連続・連帯・結合性の強化に機能する伝説は、共同体を構成する人間の寄り合う時を伝承の機会とする。非日常的なハレの日の行事が伝説と関連して行われる場合、伝説の真実性は濃厚となる。伝説の信憑度はその伝説の機能度を示す。