五　性病・トラホーム・寄生虫の予防

　芸妓・女給の検梅

　娼妓の健康診断は県立保健病院で週二回実施され、その診断の結果、性病保持者は昭和八年二三九人（うち梅毒一六人）で受診者延人員の二・二五％、同九年二三九（うち七）で三・一八％、同一○年二一六（内三）で三％、同一二年二〇一（うち一二）で一・九五％となり、娼妓に関する限り性病は減少の傾向をたどっていた。しかし芸妓・酌婦・カフェーの女給などが性病の感染源となっているため、総体的には性病は増加しており、予防の実績をあげることは容易ではなかった。
　昭和一三年四月、厚生省の特別指令で、県衛生課は県下の芸妓・カフェーの女給・料理店の仲居・飲食店の酌婦のうち五〇一名に血液検査を行ったところ、三八％の者が潜在性梅毒を持っていることが判明した。これは全国的な傾向であったので、厚生省は昭和二年の花柳病予防法のうち芸妓置屋やカフェー組合の猛反対で施行を見合わせていた「厚生大臣は花柳病流行のおそれのある市及び公共団体に対して業態上花柳病伝播のおそれのある者の診断所設置を命ずることができる」の条項をこの年四月二〇日から発動、同時に全国的に花柳病撲滅運動を起こすことにした。
　愛媛県では、松山・今治・宇和島・八幡浜・新居浜の五市が診療所設置の対象となった。すでに宇和島市は昭和五年以来、市立宇和島病院と市内福田医院を代用花柳病診療所に指定しており、今治・八幡浜・新居浜の三市も国から補助費二、〇〇〇円を得て診療所を設けることにしたが、松山市はこれに応じなかった。県衛生課ではとりあえず県立保健病院で代用することにし、同一六年には保健病院を道後診療所と改称して、一二月二三日に「道後診療所規程」を定めた（資社会経済下七九二）。
　こうして、県下五か所で芸妓や女給の検梅が実施されることになったが、芸妓・女給の場合は主人持ちの女性も多く、娼妓のように束縛された立場でなかったので、検梅を強制することはできず、検診は十分な効果を発揮するに至らなかった。昭和一四年六月の松山市内徴兵検査では前年度三名であった花柳病患者が一五名も摘発される始末であった。県当局や松山市も狼狽し、八月二三日厚生省の大橋技師を助言者にして、中村保安課長・村田衛生課長をはじめ市役所関係者・市内学校長・婦人団体長らが県会議事堂で花柳病予防対策懇親会を開いた。会は、今後は県保安課・衛生課と市が連絡して風俗営業の取り締まり強化をはかるかたわら、一般並びに特殊業務者に予防思想を普及し、保健所・健康相談所を利用して血液検査を受けることを奨励するなどの方針を決めた。さらに、県衛生課は、県医師会の協力を得て一〇月一日から明年九月三〇日までの一か年にわたり、県下全医師の診察を受ける患者を対象に、特別に花柳病の有無を検査して花柳病患者調査表に記載する方式で性病患者の実態を把握しようと計画したが、県医師会の反対で実現しなかった。

トラホーム検診

　トラホームは徴兵検査の際性病とともに精密に検診された伝染病であった。そこで県は徴兵検査一年前の青年を対象に、春秋二回トラホーム検診を実行し、患者には治療を督励する方法をとった。これによる昭和八年から一二年までの検診成績が表４―５である。この検診結果により、患者のらく印をおされた者は治療票を交付されて、市町村当局・警官の厳重な警告で治療を続け徴兵検査にのぞむことになるが、表４―６のように県衛生課が意図したほどに良い結果を得られなかった。県当局は壮丁の多数が他府県に出稼ぎし予備検診を受けないためであると釈明した。

　寄生虫駆除　

寄生虫については、県衛生課は大正九年以来農山村のうち一か村を指定して寄生虫検査を行ってきたが、昭和七年から一三年までの調査村の実情は表４―７のような状況であった。
　これらの指定村にはネマトール球・サントニンなどの駆除液を支給して有卵者に投薬し、その駆除成績を調査した。調査村の平均駆除状況は十二指腸虫六三・五二％、蛔虫五三・五四％、鞭虫一七・〇五％であった。
　こうした調査で、県内総人口の八五％近くが寄生虫を身中にかこっていることになる。これを知った県当局は、隠れた体位向上の敵として寄生虫退治の対策を立て、愛媛県国民体位向上対策の中に寄生虫の予防撲滅に努めることの一項をいれた。寄生虫の危害ならびに本県における蔓延の実情を認識させること、改良便所・共同地肥槽など予防施設の普及を図ること、野菜洗場の改善指導をすることなどを内容としていたが、県民一般は寄生虫の危害に対する認識が低く、寄生虫卵を養う糞便は農家の大切な肥料であったから、人肥使用法の改善も図られないままに戦時下の時代を経過していった。