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愛媛県史 社会経済5 社 会(昭和63年3月31日発行)

二 松山商大の調査から①

 宮城の調査は全国的であったが、それに刺激を受け各県で県民性調査がかなり行われている。愛媛県にあっても昭和四四年八月~四五年一〇月にかけて、松山商科大学経済経営研究所において、県民の生活意識調査が実施された。この調査は質問紙法で行われ、消費生活を主体としているが、宮城によって提起された意識の実在ないし、変動を見ようとしている。

 問題提起

 松山商科大学、経済経営研究所報№1「愛媛県三予人生活意識」―その消費生活を中心として―がその報告書であるが、先ず問題提起として、日本における各地の地域差を地理的自然と、封建体制下の排他的地方分権的政治体制、経済体制や、宮城も指摘した日本特有の近親結婚の多さ等からくるものと見、特に愛媛県は長い海岸線と多くの島しょ部、それらの気候・風土・地勢の差からくる生業、産業の違いは必然的に気質、性格の差を生み、またその上に徳川時代の小藩・天領の分立はその源流として存在し、明治以後は水系と、面する海面等によって分けられた行政上の区画、東予・中予・南予が形成した特有の人情・風俗・言語等は現実にどのようであるか。
 また今日のマスコミの発展、交通の発達、人の交流はそうした格差を圧縮したというものの、クラインバークもいうように「いかに経済的、社会的条件が複雑化し、平均化し、画一化されたとしても、国民性、民族性、地域性の問題は意味を失うことはない」と考えて、もし画一化されていれば、かつて存在した事実を何らかの形で残したいとして調査を試みている。
 県内の東・中・南それぞれの地域の人びとと話してみると、東予の人は口が早い人が多く、せっかちで江戸弁を聞くような感じを受け、荒っぽくその積極性、性急さを如実に見るようである。それに対し中予の人は流暢でおだやか、のんびり間伸びして京都弁の感じである。松山方言の印象は悠長の一語につきると『松山市誌』にも記されている。また南予人は多少荒削りではあるがゆったりした、しかしどこかにおしつけるような響きをもったことばつきである。
 漱石に出てくる坊っちゃんの〝なもし〟にしても、中予は〝なー〟または〝なーもし〟で、東予は〝のもし〟となり、南予では〝なし〟となっている。

 調査方法

 住民性は非常に多方面にわたりその測定用具や、方法にも制約があるが、ここでは消費爆発時代の住民の消費生活における感覚、意識を主として把握しようとするもので、質問紙法によっている。
 対象の抽出は、県下七三市町村について各世帯密度を算出、それを六段階に層別し、各市町村を分類する。その各市町村の二〇歳以上の成人を推定し、各層内で産業を勘案して人口に比例した市町村を抽出する。ついでその市町村の成人人口により抽出比1/350で見本数を決定、選挙人名簿により系統的抽出法で対象をきめている。
 表3-13に調査対象地域と各地域の回収情況を示してみる。
 質問項目は
 A 生活感情―生活全般についての受けとめ方
 B 価値感覚―主として物的価値、その感覚と対し方
 C 消費意識―商品購買に当だっての態度、ローヤリティ等
 D 商品イメージ―個々の商品とともに、一般化された商品に対す る心像
 合計二四問で構成され、何れも多肢選択式を用いている。付帯調査の中で、家族の平均人数は東予四・四六人、中予四・四一人、南予は四・九〇人で、全県平均は四・五五人である。また生活状況の一指標である電力使用を見ると、一家庭平均は大体一〇〇kW程度で、その料金の度数分布は上図の通りであり、大きな地域差はない。

 調査結果について

 (一)生活感情
 自分の生活に対する満足・不満足について、全県的には満足と、まあ満足で半数以上ではあるが、不満との有意の差は見られない。地域的には東予の満足は六〇%以上で、中・南予の五〇%前後との間に差が見える。なお中予、特に松山市で〝やりきれない〟が一〇%あるのは都市生活の物価、要求水準の高さ、順応水準の高さからくるものと見ている。
 昭和三七年、国民性調査の一部と比較して見ると上表の通りである。
 年度の差を考慮して、東予は大体中央並み、南予は東北、中予は大阪に対比されようか。
 次は階層帰属意識、昭和四二年、『国民生活白書』には、全国民の九〇%が〝中流の暮らしをしている〟という意識をもっていると発表されたが、それは昭和四一年一一月東京都主婦対象の調査の結果からの帰結であった。松原治郎はこの実態に対して、それは繁栄する日本のシンボルなのか、核家族時代、大衆消費時代の主婦の錯覚なのか、または厳しい消費時代の一種の願望をこめた自己納得の姿なのかと疑問を投げかけている。今回の調査の結果は次図3-9に概要を示して見る。
 九五%以上が中間層の意識である。この中の意味について、普通われわれが中流階級とか、中産階級という場合は、その中に財産とか所得を考えていることが一般である。しかしそれだけではなくその中には社会的地位や、消費生活の質的・量的性格も考慮に入れるであろう。こうした内容が大抵の場合は相即する訳であるが、ロイドもいうように「社会的地位は収入だけによるものではなく、彼がどんな収入源をもっているか、彼の近隣関係はどうか等によっても限定される」こと等を考えると、単に所得のみを指標とはできない。松原は〝中〟の意味について「階級は実体概念であったが、今日では階級的存在の自覚や、他の階級との差別等を問題とするところに意義を見出すようになった。そこで階級概念は科学者的立場から少し距離が感じられると指摘して『階層』という社会分析概念を考えた方が妥当であるとし、したがって『中』に反応が多いのは、中流階級の膨張でも、中産階級の増大でもなく、ただ上でなく、下ではないという実感の集積で、いわば一種の『満足感』の現れである」といっている。
 今全国調査における昭和三三年からの推移と、本県の結果を示してみると、愛媛は年代の推移もあるが、はるかに中が多い。それは一種の穏健思想、まあまあ主義の露頭かとも見られる。
 次に生活目標について、人は意識すると否とに係わらず何らかの生活目標を懐いて生活している。時代によっては他から与えられるものもあるが、今日人命尊重を基本とする民主主義の目標は、価値の急激な転倒による動揺を経験しつつも、個人生活の尊重という考え方をよきにつけ、あしきにつけ固定化させてきている。かのシュプランガーが、その著『生命の諸類型』の中で人格類型を文化的に分析して、経済人、理論人、審美人、宗教人、道徳人、権力人の六類型としたことは周知である。この類型を基盤として立てられた生活目標に対する調査は広く使用され、戦前にも行われている。また同じ質問は欧州の二、三の青少年にも適用され、時間的、空間的ヴァラエティに富んだ資料があるのも面白い。
 今回の調査結果を次図に示す。これによると愛媛県は昭和三九年、東京オリンピック開催頃の全国傾向と大差はない。地域による差は、金持ちの項で南予と東予に見られる。全体で高い反応を示す〝趣味のくらし〟は地域差はないが、〝暢気に楽しく〟の楽天生活への志向は、東予が最も高く、ついで中予と南予との間に差が見える。この結果からは宮城のいう南予は陽気型、東予は活動型、中予が温和型とはいいきれない。何れも温和人に見え、暢気型といわれる南予人は、むしろ積極的にお金を儲けて、清く正しい生活を志向し、陽気さの退行が見える。ただし働いてお金持ちになるが、今日の金は今日使ってなくなれば、また大いに働いて儲けるという考えに、通じているともいえる。
 生活の合理化の指標の一つに、洋風化ないし欧風化、和式との折衷が考えられる。洋式になることで必ずしも合理的とも考えられないが、洋式の応接室を付加した家屋は戦前からかなり普及している。また戦後学校給食の一般化とも相まって、パン食は一時米の不足も手伝って、かなり推進されたが、今では米の余剰を来している。
 畳は外人にいわせると、最も進んだ椅子の形態であるとしているが、今日では極度に減少して板間が増えている。それが寝室ではベッドに、食堂では食卓や椅子の導入を招来し、ダイニング・キッチンの便利さと平行して食事は〝腰掛に腰かけて〟となる。
 部屋が洋風となれば暖房もコタツからストーブへ、局所的から部屋全体にとかわる。このように洋風化はすべて関連をもっているのである。
 さて愛媛県の洋風化の度合はどうであろうか。それぞれの使用%で示して見る。
 最も洋風化の進んでいるのは暖房器具で、六〇%近くがストーブを用いている。地域的には中予が最も使用度が高い。米については需要の漸減の声が高いが、〝朝食はごはんとみそ汁〟が圧倒的に多く八四・五%で、地域差も余りない。
 経済の成長は冠婚葬祭等の儀礼的行事を派手に向け、無駄な出費を余儀なくされる風潮が見える。何か結婚そのものの祝でなく、家の格式や体面の披露であったり、家の事業のPRであったり、時には何かの補償行動のように受け取れることもある。当事者と社会との力関係の結論でもあろう。
 選択肢は
  イ 一生に一度のことであるから、できるだけのことをしてやるのが当然で少しぐらい派手になるのもやむをえまい、ロ 分相応にすべきで、見えや外聞にあまり左右されない程度ならよい、ハ あまり多くの衣装や道具をそろえたり、宴会に費やしたりする代わりに二人の将来の生活のための資金にするのがよい、ニ 職場結婚でよくされるように、知人・友人が会費の持ちよりで祝福するのが意義がある。
 結果は上の通りで、半数以上が分相応、1/3が将来のためと考えている。国民生活研究所昭和四八年調査で四国のは、多少選択肢も違ってはいたが、〝分相応〟が六一%であって、大体その傾向の延長線上にある。これには性差も、地域差もほとんどない。ただし地区別で性差を見ると、中予の男性に〝できるだけしてやれ〟が多く、南予の男性に〝会員制〟が多い。
 人の性の善悪については中国古代から問題視されているが、〝人を見たら泥棒と思う〟か、〝渡る世間に鬼はない〟かの何れに賛成するかを尋ねた。全国調査にも見えているが、時と場合によるを入れて三構成とした。(表3-17)
 一般に善人意識であるが、男性の方が疑い深い。また〝人は泥棒〟は南予>中予>東予となって一般常識と逆のような気がする。今回の郵送法による調査でも返送の最も多かったのは、南予であった。宮城もいう土佐人的分裂質、強気の混入の表れかもしれない。
 (二) 価値感覚
 日常生活で〝大金〟と思う金額は大体どの位かを尋ねた結果を見ると、一〇万円と一〇〇万円に山が見える。これを累積線にしてみると、五〇万円までに五〇%の反応があり、一〇〇万円で八〇%がその圏内に入る。約半数は五〇万円までと見ており、一〇〇万円以上の人は二〇%しかいないことを物語っている。
 つづいて〝もし思いがけない使途自由の一〇〇万円が手に入ったら、その大部分をどのように使うか〟と、「新人国記」の記述をずばりと尋ねた。
 全県では教育基金が第一で、ついで貯蓄、不動産とつづく。性別では順位は変わらないが、女性の方が集中的である。地域では、中予の貯蓄志向は『人国記』の通りで、東予と南予はそのタイプが同じで、この結果からは「新人国記」に見える南予の陽気性浪費の傾向は、後退しているように見える。先の生活目標についても南予は〝金持ちになりたい〟が比較的多かった。それは教育投資のためかもしれない。投資の目的こそ異なるが、従来いられていた東予人の感覚が南予人にもあり、その意味でも格差の縮小といえる。
 それに対し中予では〝土地購入〟が他地区に比べて三位に進出し、「松山に住むところを」の志向が如実であるが、松山は目下ドーナツ現象が波及し、周辺の土地の高騰が著しいにもかかわらず土地購入のニーズも高い。
 (三) 消費意識
 消費は幅広い概念である。それは購買に始まって、入手、使用、利用、鑑賞、贈与、保存、交換、消却、廃棄等さまざまな機能が含まれている。いわゆる消費革命といわれる中には、使い捨て、高級化のみならず、流通過程の合理化、簡易化、それに伴う費用の節約化を含み、また商品そのものの性格の革新も含まれていよう。
 今日大量消費の没個性的商品では、スーパーマーケット式販売機構が普及し、耐久消費財等では分割払い制度や銀行ローンの利用も多くなっている。そうした中で人びとはどのような消費態度をもっているか。
 分割払いの発祥の地は本県今治市桜井であることは先述の通りであるが、この月賦販売や信用販売の利用について尋ねた結果は、約六〇%がときどき利用し、一三%は大いに利用している。合わせると約3/4のものが利用していることになるが、昭和三七年の東京・大阪での利用は三五~五〇%で、愛媛の利用は多い。しかし中予は合わせて七〇%未満で、ほしいものは貯蓄をしておいて現金で安く求めた方がよいと考えるらしい。
 約二三%のものは利用しない方がよいとしているが、その理由の主たるものは、割高になる(三五%)、借金意識(二四%)、むだ使いすることがある(一九%)等である。
 なお南予では無答が二〇%近くあって、他地区と差が見られるが、それは利用度と関連があるかもしれない。
 (四) 商品イメージ
 商品イメージは、商品と消費者との心理的、社会的関係を作るものであり、人びとの購買動機に関係の深い一特性である。人が商品を購買するに当たっては、その潜在的に形成された商品のイメージが大きな動きをすると考えられる。そうしたイメージの中で、直接購買行動の動因となるものに、ぜいたく品イメージと必要品イメージがある。人は何をもって必需品とするか、ゼイタク品とするか。
 小嶋外弘は、(1) 生活習慣、生活内容とその結びつき。または生活の中での商品の位置づけ。(2) 生活心理の中でのその商品の位置づけ。その価値観と対応する。(3) 社会心理的要因、つまり周囲への影響力。の三つを要因にあげている。
 一般には普及率と必需品イメージは平行し、相互に影響しあうといわれているが、必ずしもそうでない場合もある。しかし必需品イメージが高いことは、その商品に対する親近感の強さを示すものであろう。種々の商品に対するこの種のイメージは、ある意味の民度の指標となる。
 今昭和四二年松山での普及率を横軸に、本調査での必需品イメージの%を縦軸にとって、両者の相対を試みた。イメージ以上に普及しているのが、ビール、薬剤であり、その反対が、台所流し台、ストーブ、百科事典、カメラ等である。

 結論として

 本調査の結果からは、旧来の観念と変わっていない面があると同時に、変わったと感じられる面も混在している。例えば生活感情の面で、従来いわれた南予地方の陽気的、浪費型の生活信条は、むしろ積極的に働いて金を儲け、子弟の教育に投資しようという気概に変わってきている。その半面、普通郵送によるアンケートの回収率悠三〇%といわれているに係わらず、南予では六〇~七〇%の返送があった。これは温存された淳風、純朴さの現れであると思われる。ところがまた人の性は善、に多少疑義のあるものが、他地域より多い結果は、黒潮沿岸の分裂性気質の混入かもしれない。
 中予では旧来の温和性貯蓄型が従来にまして濃厚で、保守的色彩は不変のようである。
 東予の活動的投資型は多少退行して、現在の南予型に近づきつつあるのではないか。しかし生活全般から見ると東予は+の要因が数を増しているに対し、南予では-が減少するところであると考えられる。
 しかし社会階層の帰属意識から見ると地域格差はなく、その多くが中間層意識であるが、愛媛の生活水準そのものは全国平均の七九%しかなく、全国都道府県の中三三位でかなり低い。
 価値感覚では、中予の貯蓄志向の温存、東予、南予の教育投資志向は上に指摘した通りで、そのため南予では義務として貯蓄するが、東予ではできるときに貯蓄を行うと、多少の相異を見せている。
 消費意識では地域差がかなりある。それは流通機構の整備の問題も含んでいるが、東・中予は都市的流通機構に乗った有名メーカー品への傾斜、南予では普及品、実用品への志向が強い。しかし次第に交通の整備によって消費圏も拡大し、平準化の傾向が見える。
 生活意識の格差縮小にも係わらず、生活実態のそれは伴わず、従って商品感覚は差異があり、生活機器に対する必需品イメージが南予で東・中予より低く、またレジャー商品に対する感覚も現実化が遅れている。

表3-12 世帯密度度数分布

表3-12 世帯密度度数分布


表3-13 各地区見本数・回収数等

表3-13 各地区見本数・回収数等


図3-8 電気料金度数分布表

図3-8 電気料金度数分布表


表3-14 生活満足度

表3-14 生活満足度


図3-9 階層帰属意識

図3-9 階層帰属意識


表3-15 生活階層について

表3-15 生活階層について


図3-10 生活目標について

図3-10 生活目標について


図3-11 洋風化の度合

図3-11 洋風化の度合


表3-16 結婚式について

表3-16 結婚式について


表3-17 人の性は善か悪か

表3-17 人の性は善か悪か