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愛媛県史 社会経済5 社 会(昭和63年3月31日発行)

三 社会風俗の改善

 遍路乞食に対する問題

 愛媛県は四国霊場八十八箇所巡礼のコースとなっているため、遍路の旅人が往来し、また宿をとった。四国巡礼は元来、業病(特に癩病)に冒されたものが、来世及び現世の救い(癩者も巡礼中は施しを受け、もてなされた)を求めて行うものが多かった。また、そのような巡礼者を迎える民衆も、仏教的倫理観からそれを丁重にもてなすものとされていた。例えば、癩者を泊めてもてなしたら、翌日その体が黄金に変わっていた、などという説話にも見られるところである。
 このような風習に対しても、明治政府は禁令を発している。まず、遍路等の旅人を宿泊させる時は、その出所、用件、目的地などを詳細に聞いて、役人へ届け出るようにという布達が明治五年五月に出された。(県史資料編近代1・一〇八頁)以来、四国遍路の者に対する民衆の対応についての布達・禁令が繰り返し出されていく。その意向を最もよく表しているのが、明治六年四月の「愛媛県紀」「愛媛県布達々書」であろう。(県史資料編近代1・二二九頁参照)それには、
  「物貰いをしながら遍路をすることなどは、決してあってはならないと、かねてからのお達しにもあったが、今になっても、なお旧習を残し、四国順拝と称して、人の門戸に立って食物を乞うようなことは、全く野蛮な弊風であり、その醜体は言いあらわせないものである。また、食物を与える者は、仏教の教えに言うところの来世のためとばかり心得ているのは、つまるところ姑息な私情であって、すべて人民保護の障害となることは言うまでもない。(以下略)」
 このように、従来の仏教的倫理観からなされる巡礼者への民衆の保護は、当局によって〝野蛮の弊風〟であり、〝醜体言うべかざる〟ものであり、〝姑息な私情〟として禁止されていったのであった。

 往来に関する問題

 明治政府は道路上における風俗に対しても、布達をだしている。明治五年七月に出されたもの(県史資料編近代1・五三~五四頁)からいくつか抜粋してみると、その内容は、
  「裸体で往来するな」、「婦人が戸外で袒裼(上着をぬいで中着を現すこと)するな」、「立小便するな、路傍に便所を作れ」、「道路にごみを捨てるな」、「木や石を往来筋に積み重ねるな」、「牛馬は道の端に繋げ、真ん中に放置して往来を妨げるようなことをするな」、「酔っぱらって千鳥足で歩くな」などである。
 これらは、ほぼ現在でも法律的にまた道徳的に言われることである。しかし、それらを一つ一つ取り上げて、禁止しているところに、当時の状態と諸外国の目を意識した当局側の配慮がうかがえる。

 小児の間引き、捨て子の問題

 明治六年一月の石鐵県紀には次のようにある。(県史資料編近代1・五九頁参照)
 「県下一般の風習ではないけれども、小児を圧死させたり、捨子をしたりの悪習がままあるように聞いている。これはもってのほかである。これは人道を失い天地の罪人の所業である。決してそのままにしておくことはできない。厳しく追求して厳罰に処すので、以後、不心得のないように心得るようにせよ。」

 県下一般の風習ではないけれど、と断った上で、間引き、捨て子は悪習であり、人道を失い天地の罪人の所業であると禁じている。また、同六年の一〇月には、改めて捨て子の禁止令が出されている。それには、「捨て子は言語道断のことであるが、好んで捨てる者はいない。その多くは、必ずやむを得ぬ事情がある。しかし、かわいそうなのは捨てられた子のほうである。それに父母のほうだって忘れられるはずがない。速やかに自首して謝罪すれば共に暮らせるようにしてやろう。そうでなければ親を厳罰に処するぞ。」(県史資料編近代1・二三二~二三三頁参照)。前近代においては、間引き・捨て子は決して珍しいことではなかった。新政府が近代国家を確立するためには、なくさなくてはならない習俗だったのである。
 その他、県当局が取り上げた風俗には華美を競い、散財の基となる無用なものとして正月の門松、已上の雛人形、端午の幟の廃止、人身売買の禁止、牛及び鶏・犬争闘の禁止などがある。しかし、有名な宇和島の闘牛などは、禁止されたかと思うと許可され、またすぐ禁止されるといったように、目まぐるしく対応が変わっている。県当局から見て、諸外国に野蛮に受け取られる可能性のあるものは、ことごとく禁止の対象としたのである。
 以上のように新政府は、旧来の悪習と考えられるもの(政府当局側からみて)を改めさせようと、懸命になっていた。この中には、今日見られなくなっているものも、また今日でも当然のこととして行われているものもある。行事などの中で、伝統的、文化的背景を色濃く持っていたもののなかには、度重なる禁令にもかかわらず、今日まで廃されずに存続しているものが多い。