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愛媛県史 社会経済1 農林水産(昭和61年1月31日発行)

一 荒廃園の復興対策


 実地指導園設置

 戦争により見るかげもなく荒廃した果樹園の復興は、とりあえず樹勢の回復を如何にはかるかであった。敗戦後の二、三年は、肥料・農薬の配給も乏しく、ヤミの硫安などをもとめて狂奔した。そんななかでいちはやく取り組まれたのは、ガスくん蒸によるカイガラムシの駆除と剪定整枝による樹勢の強化策であった。昭和二五年から三年計画で、荒廃園の復興策として県下(各郡二、三か所)に実地指導園を設置して、県・果試・青果連の技術者がそれぞれの部署を分担して地域の実態に即した復興技術を投じてその復興改善をはかり模範的に示した。その技術対策は、樹勢回復のために、病害虫防除(共同くん蒸)、間伐の励行、合理的剪定整枝、柚の根接、防風林の完備、摘果(花)の励行、枝幹日焼防止などが指導され、地力の増進には施肥の合理化、深耕(タコツボ、ザンゴウ掘り)、表土流亡防止、間作緑肥栽培、敷草、灌水などの実施があげられた。

 園芸技術研修会

 昭和二四年、青果連に着任した菅野寿章技師ら県下の系統青果団体技術者や町村又はその他の団体における果樹指導担当者、県の果樹特技普及員、県および果試の関係技術者、愛大農学部教授陣など県内果樹関係指導者を網羅して、愛媛県園芸技術研修会が発足した。この技術研修会の研さんを通じて技術指導の統一的方針が打ち出されることになり、果樹の復興に大きな役割を果たした。