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愛媛県史 社会経済1 農林水産(昭和61年1月31日発行)

二 栽培技術の進歩②


 病虫害防除

 第一次世界大戦後の化学工業の発達によって、農薬の開発も著しい進歩を遂げ、大正末期から昭和初期には、果樹の病虫害防除体系が一応整備され、栽培作業(防除)暦が作成されるようになった。更に新農薬としてデリス剤、硫酸亜鉛などが開発されて防除効果が高められた。表4-10に作業(防除)暦を例示する。
 しかしながら、昭和一三年ころから、農薬および製造原料の輸入制限が実施されるようになり、それに代わる国産の薬剤使用(代用)が勧告されることになった。(表4-11)


昭和一三年一月二日
                                                         農林省農務局長
愛媛県知事 殿
       農業薬剤及其製造原料輸入制限に関する件
農作物病害虫の駆除予防に使用せらるる硫酸「ニコチン」「デリス」砒酸鉛の原料用鉛「カゼイン」松脂等は、其の大部分を海外より輸入しつつありし処、今般政府の為替管理に基く輸入制限は之等の薬剤及製造原料に対しても一般輸入品と同様実施せらるることと相成候而して右の内農業生産上必要不可決の品目及数量に付ては之が輸入許可に関し当省に於て大蔵省当局と協議致居候処、一面之等薬剤特に硫酸「ニコチン」「デリス」剤等の使途に付ては国産に係る他の薬剤を以て相当程度代用し得べしと認めらるるもの有之候條現下の時局に鑑み能子限り国産薬剤に依り代用する方針を以て一般当業者に対し指導督励を加へ農業生産の維持増進に努むると共に輸入の防遏に対応し遺憾なきを期せられ度此段及牒候也


 なお害虫防除で、最も苦心を要する介殼虫の防除には、青酸ガスくん蒸が有効でありながら、大正時代には経費、薬害などの面で実施されなかったが、昭和時代に入って、県や果樹団体の奨励措置と、くん蒸剤の開発(ポット法からカルチット法、サイローム法)と共に次第に実施されるようになり、マシン油の散布と共に介殼虫防除が定着した。

 噴霧機の進歩

 病虫害の防除と密接な関係のある噴霧機は、大正中期に手押一本管噴霧機が開発されて防除に効力を発揮した。大正末期から昭和初期にかけて圧力の強くなる手押しの半自動噴霧機が出回り、それに車輪が付いた人力用大型噴霧機が開発されて、経営規模に応じた使用ができるようになった。動力噴霧機は、大正一三年に輸入されてから、国産化への取り組みが始まり、昭和五、六年ころには優秀な三連成の動力噴霧機が出回ることになった。昭和七年には、本県に初めて動力噴霧機が導入(石手、河野房五郎)された。農薬の開発や噴霧機の進歩によって、果樹栽培上最も重要な病虫害防除の効果と省力化が進んだ。

表4-10 柑橘栽培 (防除) 作業暦 <昭和一〇年> ①

表4-10 柑橘栽培 (防除) 作業暦 <昭和一〇年> ①


表4-10 柑橘栽培 (防除) 作業暦 <昭和一〇年> ②

表4-10 柑橘栽培 (防除) 作業暦 <昭和一〇年> ②


表4-10 柑橘栽培 (防除) 作業暦 <昭和一〇年> ③

表4-10 柑橘栽培 (防除) 作業暦 <昭和一〇年> ③


表4-10 柑橘栽培 (防除) 作業暦 <昭和一〇年> ④

表4-10 柑橘栽培 (防除) 作業暦 <昭和一〇年> ④


表4-10 柑橘栽培 (防除) 作業暦 <昭和一〇年> ⑤

表4-10 柑橘栽培 (防除) 作業暦 <昭和一〇年> ⑤


表4-10 柑橘栽培 (防除) 作業暦 <昭和一〇年> ⑥

表4-10 柑橘栽培 (防除) 作業暦 <昭和一〇年> ⑥


表4-10 柑橘栽培 (防除) 作業暦 <昭和一〇年> ⑦

表4-10 柑橘栽培 (防除) 作業暦 <昭和一〇年> ⑦


表4-11 代用薬の使用方針参考資料

表4-11 代用薬の使用方針参考資料