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愛媛県史 社会経済1 農林水産(昭和61年1月31日発行)

二 蔬菜の生産と産地の動向


 生産の動向

 戦後の蔬菜生産の動向をみると、昭和二〇年代は、米・麦など主食を中心とした食糧増産政策が進められ、蔬菜の栽培面積は、七、八二六ha、生産数量は、一一万四、九〇六tであった。昭和三〇年ころより次第に栽培面積も増加し、三五年になると栽培面積は、九、六四〇ha、生産数量は、一九万三、九四五tに達し、その後は蔬菜価格の変動に伴う栽培面積の増減、気象条件による豊凶に伴う生産数量の多少の差はみられるが、栽培面積約九、〇〇〇ha、生産数量約二〇万tで推移している。
 しかし、栽培されている蔬菜の種類には、大きな変化がみられる。昭和二〇年代には、ダイコンが蔬菜の栽培面積の二五%近くを占め、生産数量では、三五%前後にも達している。その他、生産の多いものは、サトイモ・タケノコ・カボチヤ・タマネギ・ナスついで、ゴボウ・ニンジン・ハクサイ・ツケナ類・キュウリ・ソラマメなどで、根菜類、カロリーの高いもの、漬物用蔬菜が生産の主体となっていた。また、自家消費が中心で、出荷量は、生産数量の三〇%前後であり、そのうち県外出荷は二七%に過ぎず、出荷先は、広島、呉、北九州が主体で、県外出荷の主なものは、タマネギ・サトイモ・カボチャ・スイカ・ダイコンなどをあげることができる。
 昭和三〇年代になると、生産増加の著しいものは、インゲン・ハクサイ・トマト・ホウレンソウ・カンラン・レンコン・タケノコ・エンドウ・スイカがあげられ、ついで、ニンジン・ネギ・キュウリ・タマネギなどがある。一方、生産が減少、ないし、停滞したものは、カボチャ・サトイモ・ソラマメ・カブ・ダイコン・ゴボウなどである。二〇年代に、比べ、葉茎菜類が大幅に伸び、果菜類もかなり増加しているが、根菜類はわずか増加したに過ぎない。また、二〇年代に比べ、生産量の増大とともに、商品化率が次第に高くなり、昭和四〇年には、出荷量が生産数量の五〇%以上を占めるようになる。出荷先は県内市場が主体であることには変わりはないが、出荷量の増大に伴い、県外出荷数量も著しく増大し、出荷先は京阪神地区が主体となった。県外出荷の品目数も多くなり、その主なものには、バレイショ・ハクサイ・タマネギ・スイカ・ダイコン・トマト・キュウリ・キャベツ・サトイモなどがあげられる。
 昭和四〇年代になると、種類の多様化が進み、昭和四〇年に比べ生産の伸びの著しいものには、ソラマメ・キュウリ・ホウレンソウ・タマネギ・キャベツ・イチゴ・ピーマン・レタス・カリフラワーなどがあげられる。反面、減少しているものには、エンドウ・ダイコン・ゴボウ・レンコン・ナス・ハクサイなどがあり、根菜類の減少が続き、葉茎菜類、とくに洋菜類が著しい伸びを示した。
 また、昭和三〇年代に比べ、生産数量は、三五年以降停滞しているが、商品比率は進み、昭和五〇年には、出荷量が生産数量の六〇%に達し、県外出荷量も伸びた。
 昭和五〇年代になると、種類の多様化は、さらに進み、四〇年代に比べて生産が伸びたものには、キュウリ・ピーマン・イチゴ・ホウレソソウ・タマネギが四〇年代に引き続いて伸び、さらに、インゲン・エダマメがみられる。また、新しく栽培がはじめられて伸びているものに、ブロッコリー・アスパラガス、および、マッシュルームなど菌茸類があげられる。一方、生産の減少したものは、カボチャ・スイカ・ナス・ハクサイ・ネギ・ニンジン・ゴボウ・エンドウ・ソラマメなどがあげられる。根菜類の減少が目立ち、洋菜類が伸びており、また、新しい蔬菜の導入が行われている。
 また、昭和四〇年代に比べて、生産数量は、停滞しているが、出荷量は若干伸び、県外出荷も若干伸びている。県外出荷の出荷先は、京阪神が主体であるが、交通機関の発達、予冷出荷などにより、出荷先が拡大し、一部は中京、京浜地区にまで出荷されている。

 生産対策

 食糧不足の戦中、戦後には、都市への蔬菜供給が不足し、都市周辺に蔬菜特産地を設けて、都市への蔬菜供給の円滑化を図ったが、本県でも松山市をはじめ新居浜市・宇和島市・八幡浜市周辺に特産地を指定して、昭和二四年、蔬菜統制法が撤廃されるまで、蔬菜の生産確保に努めた。
 昭和二二年には、「農産種苗法」が公布され、新品種の登録、種苗検査が実施された。当時は不良種苗も多くみられたので、生産農家は、安心して種苗の購入ができるようになった。
 戦後、蔬菜の生産供給は、次第に復興してくるが、昭和三〇年代はじめ、本県の占める地理的、及び、経済的要因から、都市近郊園芸を中心とする県内自給蔬菜の振興と輸送園芸として県外出荷を目標とする特産蔬菜園芸の振興を基本方向としてうち出している。そこで、県では、都市近郊蔬菜園芸振興のためには、自主的に生産ならびに販売調整を推進するよう「都市近郊蔬菜需要調整要綱」(昭和三四年)を制定した。一方、特産蔬菜園芸振興では、適正な生産計画の樹立と合理的な販売体制をもつ強力な集団産地育成のために、「特産蔬菜産地指定要綱」(昭和三三年)を制定した。
 国においても、蔬菜の生産供給の安定を図るため、昭和三八年には、「野菜指定産地推進実施要綱」を通達し、その後、四一年には、「野菜生産出荷安定法」が施行され、本県でも四〇年の八幡浜地域の夏秋トマトをはじめとして、順次産地指定が行われ、現在は、一〇品目、二一産地となっている。
 昭和三九年、国の野菜指定産地制定の設定に伴って、県独自で産地振興を進めるため、三三年の 「特産蔬菜産地指定要綱」を廃止し、 「愛媛県基幹産地指定要綱」を施行した。
 さらに、五三年には、需要の伸びが期待されるイチゴ・スイカなどの果実的蔬菜、カリフラワー・ブロッコリーなどの洋菜類、ソラマメ・ヤマイモなどの地域特産蔬菜を中心に、特定疏菜の価格安定事業が行われるようになり、それに伴って、特定野菜産地の指定が行われるようになった。
 以上のような産地振興を図るため、県では生産流通施設の整備を進めている。その主なものは、生産施設として育苗施設の整備、また、蔬菜栽培は土づくりが重要であるため、堆肥製造施設・その他菌類栽培施設・省エネルギーハウス・タマネギ定植機の整備などがあげられる。
 流通施設については、蔬菜の集出荷施設の整備、低温流通体制の確立に必要な施設整備に力をいれている。

 価格安定対策

 蔬菜は、多数の農家によって生産され、価格変動によって、次期作付面積が大きく増減し易いこと、作柄が天候の影響を受け易いこと、貯蔵性に乏しいこと、消費が価格に対し弾力性のないことなど、基本的な特徴から価格の乱高下を招き易い。
 このようなことから、蔬菜生産、消費生活の安定を図るため、昭和四一年に「野菜出荷安定法」が制定され、集団産地(野菜指定産地)の育成対策とともに、蔬菜価格の低落に対する価格差補てん事業が実施された。
 本県は、昭和四一年に国の「指定野菜価格安定事業」が創設されると同時に事業加入し、また、昭和五三年から「特定野菜価格安定事業」および、「新産地育成価格安定事業」(五七年から指定野菜価格安定事業に移行)の適用を受け、五七年からは、さらに、「指定野菜都市近郊産地整備価格安定事業」を実施している。
 一方、これら国制度の対象とならない蔬菜集団産地の育成を図るため、県単独事業として、四六年に「野菜価格安定基金造成事業」五三年には、「水田再編対策事業」の推進に対応して、「転作野菜価格安定事業」を創設している。







表6-26 蔬菜の栽培面積と生産数量の推移

表6-26 蔬菜の栽培面積と生産数量の推移


表6-27 愛媛県特産蔬菜指定産地の生産、販売状況

表6-27 愛媛県特産蔬菜指定産地の生産、販売状況


表6-28 愛媛県野菜基幹産地一覧表

表6-28 愛媛県野菜基幹産地一覧表


表6-29 野菜指定産地

表6-29 野菜指定産地


表6-30 特定野菜産地、都市近郊産地

表6-30 特定野菜産地、都市近郊産地