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愛媛県史 社会経済1 農林水産(昭和61年1月31日発行)

第五節 稲作の耕種概要①


 稲作の耕種概要

 『親民鑑月集』が六章の「万作物種子置様の事」その他の各所で述べている稲の栽培に関する記述を総合して耕種概要を組み立てると次表のようになる。稲作の技術は一七世紀の後半から急速に進み、選種の技術から種子の予措、栽植密度、肥料、病虫害の防除、農機具、灌水などの全分野で著しい進歩、変化が見られるようになるが、本表の内容は後世の農書(百姓伝記、農業全書、農稼業事など)が説いている耕種概要と対比すると極めて簡略で、後年に成立した近世の稲作とは明らかに異なり「中世」が強く感じられる。なお以下の文中に挿入した図絵はすべて近世中期以降のものであるが、労働用具・作業形態は中世末―近世初期と大差はないと見てよいであろう。

        稲作耕種概要
品   種 早生稲(一二品種) 中生稲(二四品種)
       晩生稲(二四品種) 糯稲(一六品種)
       陸稲(一二品種)  大唐米(八品種)
選   種 厳選する
本田準備 古堅田は冬至前に耕起し遅くとも一二月中旬~一月上旬に耕起する。
       冬の土用~翌年一月中旬の間に中鋤、三月中旬に畜力利用で後鋤を行う。
播   種 早生種 二月彼岸 中生種 三月上旬 晩生種 三月中旬
代 か き 牛を使い中代をし、えぶりで均平にする。
田   植 労力の適正配分のため、早中晩の順序で作付け可能なかぎり早植を実施する。
       早生種 四月初句―同二〇日 中生種 四月下旬 晩生種 五月中旬
本田肥料 馬で運搬し本田準備期に施すが、三月中旬の後鋤時に施してもよい。
除   草 水稲は田植後、二〇日毎に三回、陸稲は雑草に弱いので度々、中耕除草する。
水 管 理 雑草防除のため田植後一〇日間は充分、灌水する。
        六月上旬と七月下旬の二回、中干をする。
        五月~八月の水管理に注意し、稲刈跡には必ず湛水しておく。
刈   取 早生植 六月下旬―七月上旬 中生種 八月下旬 晩生種 九月上旬

 この稲作で注目されるのは、二月彼岸に播種して四月上旬に田植をし、六月下旬に収穫する極端な早植栽培である。この特殊な稲作法は、隣国武将の不時の侵略に備えた戦術的栽培方法で、収量は無視していたものと思われるが、この特殊技術を除くと、近世初期(寛永―承応)の稲作は、中世末(戦国末期)のそれと大差のないものであり、中世稲作の最終段階―極限―のものと言えるであろう。

 栽培労力

 次に稲作に要する反当労力をみると、二毛田(麦作跡)は二五人、一毛田の古堅田は三三人、同湿田は二七人、山田は三八人で、平均三一人が投下されている。このうちの古堅田の作業別所要労力は次表のようになっている。古堅田とは火山灰土壌(音地)でもなく、水田(水の多い湿田)でもなく、固くて冬は乾いている一毛作田をいう。

 作業の概要

 本表に見られる著しい特徴は、本田の耕起(六人役)と苗代整地(四人役)、本田代かき(六人役)の三作業に一六人役が投下されているのと、苗代整地と本田の代かき労力に草肥の刈取、運搬、施肥に要する七人役に近い労力が含まれ、肥料に関する労力が目立って多いことである。
 除草の回数は三回であるが所要労力から見て、第一回と第二回は熊手または平鍬を用いた株間の中耕(縦横一回あて)で、第三回目は手労働による荒草取りであったと思われる。
 右の三三人中には稲作の本来的な作業ではない製俵(一人役)と年貢納入(五人役)の労働が加算されている反面、代表的な作業である田植、脱穀、調製(籾すり)の三作業が脱落している。『親民鑑月集』はこの除外について「是は夫役斗積る 女の労力も用ゆへけれ共 夫は一人役も書不加」と女の労働であるため計上しないと説明している。
 同書一二章の「清良宗案問答の事」で松浦宗案が農作業に関する領主清良の下問に答えて、早乙女の田植工程は、とくに早い者で一日二反、中程度の者で一反五畝、おそい者で九畝、脱穀についてはよく働く女で一日籾五斗、普通の女で三斗六升、おそい女で二斗五升と答えているので、平均すると三斗七升となるが、この枡は「方四寸、深さ三寸」で現在の枡で換算すると二斗七升八合となり玄米では一斗三升九合になる。
 早乙女の平均作業量を一日一反五畝とすると田植の反当所要労力は〇・七人(約一人役)となり、脱穀は一日平均一斗三升九合の作業工程では、反当収量を一石三斗と仮定すると、一反歩の脱穀には約九人役を要することになる。この作業能率からみると脱穀の用具は扱箸であったことが想像できる。


図1-1 朳(えぶり)

図1-1 朳(えぶり)


表1-3 古堅田反当所要労力

表1-3 古堅田反当所要労力


図1-2 堅田の耕起

図1-2 堅田の耕起


図1-3 馬鍬の代かき

図1-3 馬鍬の代かき


図1-4 水田の一番除草(中打)

図1-4 水田の一番除草(中打)