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愛媛県史 地誌Ⅱ(中予)(昭和59年3月31日発行)

二 水力発電

 黒川水系の電源開発

 高知県中央部を貫流する仁淀川の上流域の面河川や黒川は、南予の肱川とならんで愛媛県の水力発電の最も重要な河川である。愛媛県における電力供給は、水力発電から着手されたが、これは四国で最初の事業でもあった。水力発電は、水量が豊かで勾配のある河川が選ばれた。本県最初の電力供給は、伊予水力電気による石手川上流の湯山発電所(出力二六〇kW)によって、明治三六年(一九〇三)一月に営業開始した。
 県内で現存する発電所で、最古のものは上浮穴郡柳谷村の黒川第一発電所(最大出力一二〇〇kW)である(図7-11)。これは明治四四年(一九一一)の竣工で、仁淀川の支流の一つである黒川の最下流部に建設されている。面河川と黒川が合流する地点に面河第二発電所(昭和三六年竣工、一六〇〇kW)とならんであり、国道三三号からよく見える。当時の建設費は四四・六万円で、発電機と水車がセットになったドイツ製の発電機(一台六〇〇kW)が二台あり、七二年間も力強く回り続けている。
 このほか、黒川水系には黒川第二・第三発電所、小村(黒川第四)発電所をはじめ、この水系最大出力の第五黒川発電所(五三〇〇kW、写真7-12)の五つの水路式発電所が建設されている(図7-11)。すべての発電所が水路式であることは自然景観をそこなわなかった点では良い結果となったが発電出力はいずれも小さい。大きなダム(貯水池)をつくるほどの土木技術が進んでいなかったことも水路式発電形式をとらざるを得なかった要因であった。なお、四国電力は、最大出力二〇万kWの揚水発電所の建設計画を五六年五月に発表した。これは、現在面河川に建設中の新面河第三発電所のダムを下池としてそのまま利用するもので、新たに建設する必要があるのは上池で、黒川水系の八釜甌穴群の上流付近にダムを設け、さらに下池への導水管を建設するものであった。電力需要は昼間に多く、夜間は少ない。原子力発電や大型火力発電は一定の出力で運転するほうが効率的で経済的なため、夜間もフル運転を続けている。このため夜間は電力が余ることになり、揚水はこの余剰電力を利用できるのと、昼間のピーク需要(特に夏季)を緩和できる一石二鳥のメリットがある。水力というクリーンエネルギーであり、過疎地であることなどから環境面への影響はあまりないとみられ、地元や県でも地域開発に貢献するものとして大きな期待をよせていた。しかし、五八年四月にこの計画は、地質上の問題と需要の低迷とによって中止が発表され、同じ場所で小規模の一般水力(二万kW)を建設することが公表された。


 面河川水系の電源開発

 仁淀川の上流面河川水系には、昭和三年竣工の面河第一発電所(七〇〇〇kW)をはじめ面河第二(一六〇〇kW)・第三発電所(七一〇〇kW)の三つの小規模な水路式発電所があった(表7-29)。そのうち昭和一二年に県境付近の仁淀川に建設された面河第三発電所(七一〇〇kW)は、五五年三月に下流に完成した大渡ダムの建設により水没のため廃止された。そこで代わりの新面河第三発電所が旧面三から約二・五㎞上流の柳谷村旭地区に建設中である。総工事費二一七億円で五九年春完工の予定である。県内の水力発電所としては最大規模で二・二万kWとなる。発電所は高さ五〇mのうち三〇mは地下となり、ここで発電機を回した水は全長一七九五mの放水路トンネルで仁淀川へ放水される。

表7-29 仁淀川(面河川)・黒川流域の水力発電所(昭和58年6月現在)

表7-29 仁淀川(面河川)・黒川流域の水力発電所(昭和58年6月現在)