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愛媛県史 地誌Ⅱ(中予)(昭和59年3月31日発行)

六 高原牧場


 上浮穴郡の牛の飼育形態

 上浮穴郡は急峻な山岳地帯が連なり、牧場を開くのに好適な地形は少なかった。しかし、集落をとりまく周辺の山岳には、野草が豊富にあったので、これを利用して和牛の飼育が盛んに行なわれていた。昭和三五年現在の上浮穴郡は農家戸数が六〇四一戸であるが、このうち五一%にあたる三〇七四戸は肉用牛を飼育していた。肉用牛の飼育の最大の目的は、子とり・肥育によって現金収入を得ることであり、副次的には厩肥を得ることであった。農家の副業的な飼育であったので、その飼養規模は小さく、わずか一・一頭であった。
 上浮穴郡内では、柳谷村が最も肉用牛の飼育農家率が高く、昭和三五年には六八%に達した。その柳谷村に例をとって肉用牛の飼養形態をみると、多くの農家は、繁殖牛を一頭飼養し、これに子牛を生ませては、五ヶ月から一〇ヶ月程度肥育した子牛を販売するものであった。ほか少数ではあるが、これらの子牛をさらに肥育して販売する農家や牛馬商もあった(表7-20)。
 農家の肥育した牛は各月の一〇日に開かれる落出の牛市で取引された。村内には牛市で活躍する牛馬商(バクロ)が、昭和四五年ころまでは五~六人程度いた。牛市は落出以外に上浮穴郡の各地にあった。久万町の野尻は月四回、小田町の突合は月一回、美川村の仕七川と御三戸・面河村の杣川は年一回の牛市であった。これらの牛市は開催日が異なり、牛馬商が順次巡回できるようになっていた。なお松山平野に近接した久万町では、松山平野の牛が夏季のみ預託される預け牛も見られた。


 国営草地開発事業

 大野ケ原から五段高原にかけての四国カルスト、大川嶺・笠取山にかけての山頂部には国営の草地開発事業によって造成された大規模な牧場が展開している。国営の草地開発事業は、パイロット方式で大規模な草地を開墾し、粗飼料生産基盤を高めることによって、畜産業の発展をはかろうとするものである。四国カルスト草地開発事業は、内地唯一の国営の草地開発事業として、昭和四七年一一月に起工され、五五年に完工した。事業費は基本施設費として三二・五億円、町村営の附帯工事費も含めると四一億円にも達する。基本施設としては、草地造成面積が大川嶺団地一八七ha、大野ヶ原団地二二八ha、女鶴・五段団地一三二haの計五四七haであり、幹線道路は三万mが建設され、さらに雑用水施設がそれぞれの団地に設置された(表7-21)。
 草地の造成作業はくまざきとすすきの原野に除草剤を散布し、枯野になった原野に火入れをする。除草後、クローバー・チモシー・オーチャードグラス・イタリアンライグラスなどの種子をヘリコプターを使用して播種した。このような不耕起法を採用したのは、石灰岩が散在し、耕起が困難であったことと、二六〇〇~三〇〇〇㎜にも達する多雨地であるので、耕起に伴う土壌侵食をさけるためであった。


 育成牧場の利用

 国営草地開発事業によって造成された草地には、団地ごとに公共育成牧場が建設され、それぞれの町村によって管理運営されている(図7―7)。入牧数をみると、大野ヶ原育成牧場が、五三年三三四頭、五四年三二八頭、五五年二九一頭、五六年二八五頭、五七年二五六頭となっており、女鶴団地育成牧場が昭和五〇年四一頭、五一年一〇五頭、五二年一三二頭、五三年一三六頭、五四年二〇五頭、五五年二七七頭、五六年二〇四頭、五七年一〇〇頭となっており、大川嶺牧場が昭和五五年一六九頭、五六年二一四頭、五七年一二五頭となっており、近年入牧数が減少している。当初の入牧予定数が乳用牛一四二〇頭、肉用牛六七六頭、計二〇九六頭であるので、入牧数のピークであった昭和五五年でもその三五%、昭和五七年に至っては、予定数の二三%にしかすぎず、育成牧場建設の当初の目的を果たしているとはいえない。
 入牧数が少ない要因は、畜産不振から農家が牛の預託に経済的に耐えられたいこと、牧地が隆起準平原の山頂部にあるので、肥育農家からあまりにも遠隔地にあることなどによる。育成牧場を管理運営する町村の経営もまた苦しい。それは入牧数が少ないことにもよるが、標高一三〇〇mから一五〇〇mにも達する高冷地であるので牧草の成育が充分でないこと、台風・雪害などの自然災害をよく受けることなど牧場の立地条件の悪さに起因する点もある。
 入牧牛の預託先をみると、大野ヶ原育成牧場の場合は、地元の野村町以外に、宇和町・宇和島市・香川県などかなりの遠隔地からの牛を預託している。美川村育成牧場も地元の美川村は半分で、他は松山市久谷地区、川内町の農家の牛を預託している。柳谷村においても町内の牛の預託は半分で、他は他地区からの牛の預託である。
 柳谷村においても、近年は牛の飼養規模が高まっており、三五〇頭規模の農家一戸、七〇頭規模の農家一戸、五〇頭規模の農家五戸などが見られるが、これら専業的な牛の肥育農家は経済的な点からして育成牧場には牛を預託せず、数頭飼いの小規模農家が、夏季に他の仕事に専念するために牛を預託する例が多い。このように見てみると、育成牧場の建設には、地元の畜産農家の多頭飼育をうながすという当初の目的を充分に果たしているとはいえず、今後の牧場の管理運営に大きな課題を残しているといえる。

表7-20 上浮穴郡の牛・馬の飼養頭数の変化

表7-20 上浮穴郡の牛・馬の飼養頭数の変化


表7-21 四国カルスト国営草地開発事業による草地造成面積

表7-21 四国カルスト国営草地開発事業による草地造成面積


図7-7 四国カルスト草地開発事業

図7-7 四国カルスト草地開発事業