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臨海都市圏の生活文化(平成7年度)

(2)新鮮さがおいしさ

 新鮮な「エソ」を主原料として作られてきた「宇和島かまぼこ」も、一つの試練を迎えることになる。昭和36年(1961年)の「北洋のスケトウダラのすり身化に成功、冷凍すり身の大量生産が可能となる。(⑭)」という出来事がそれである。
 この「冷凍すり身」の進出に対し、「宇和島かまぼこ」はどのようにして伝統の味を守ってきたのであろうか。その話を、再び**さんにおうかがいした。

 ア 冷凍すり身に負けるな

 「昭和30年代中ごろから盛んになり始めた冷凍すり身に関しては、品質を保持する、つまり冷凍して長期保存しなければなりませんから、そのために砂糖を、実際にはソルビッ卜(*19)で代用しているわけですが、相当量入れますから甘くなっているわけです。そんなあんばいで、うちとしてはどうしてもお客さんからの注意がくるわけです。冷凍すり身を3割入れただけでも、かまぼこ全体の味がかなり甘くなる。ですから、2割、1割と入れる割合を減らして加減をしていくよりは、いっそのこと昔のままの原料で、冷凍すり身をまったく使わない方がいいのじゃないかと考えたわけです。
 当時、北海道の方から大学の教授や冷凍すり身業界の人たちが、すり身を普及する目的で視察にみえたことがあります。わたしとこらの仕事場に入ってくると、『こういう、自分のとこで魚をさばいて、それをすり身にしてかまぼこを作るという手間のかかる仕事は将来すたれる。経費的にも冷凍すり身を使う方が安くあがるのだから、どんどんこちらの方を勉強してほしい。』ということを盛んに言われました。が、わたしらがその時に感じたことは、そういったことは都会などの大手でやっていく仕事で、一応伝統を重んじなならん(なければいけない)製品作りからしたら、簡単にはそういうわけにはいかん。苦しくても歯をくいしばって苦痛な仕事もやっていかなならんし、『宇和島かまぼこ』ということで期待してもらっていることを裏切るわけにはいかない。結局は、昭和60年(1985年)ごろですか、食生活の中で『本物志向』あるいは『グルメ』ということがブームになりましたが、あの時期にやっと救われました。つまり、24、5年間苦しい時期が続きました。
 ところが、その中で思いもかけないメリットが生まれました。というのは、ほとんどの業者が冷凍すり身に替わっていったので、その反動で、かまぼこ製造業者間でそれまで行われていた、新鮮な『エソ』の仕入れ合戦が緩和(かんわ)された。つまり他の業者さんは冷凍すり身が主体になりましたから、わたしらとこにその分、『エソ』が回ってきやすくなった。そういう面で、仕入れが意外に楽になってきました。それが昭和45年(1970年)以降くらいだったでしょうか。冷凍すり身の加工技術もそのころから格段に進歩しました。口触りのいいものができる。横目で歯ぎしりしながらその様子を見ていました。ちょうど高度経済成長の時期で、賃金のベースアップがテレビのニュースなどでどんどん出てくると、『値段が安くて採算ベースに乗る冷凍すり身に替えんか。』という声もありました。賃金はよう上げない。本当に従業員には情けない思いをさせたと思います。それが、『本物の味で』ということを見直してもらったのが、昭和60年(1985年)だったと思います。こういうふうに頑張れたのも、まずはお客さんに支えてもらったからですね。
 このような中で製造技術も進歩していったわけです。品質改良剤とかいろいろなものを薬剤メーカーから勧められたりもしましたが、そういったものに頼ったのでもだめで、結局、魚の鮮度、新しさというものをあてにした製造が大事です。
 原料魚の『エソ』は鮮度を非常に落としやすい魚ですので、前日に漁獲し、当日の朝に市場にかけられたものだけを厳選して使用しています。刺身にできるくらいの鮮度のものだけを使っているわけです。また、腕の太さぐらいの『エソ』もおるわけですが、これはできるだけよけて(避けて)、親指の太さかそれよりも若干大きいものを使うと、口触りがいい。大きいものは、歯ごたえがおおざっぱで、大味(おおあじ)になります。
 新鮮な『エソ』を使うことが『宇和島かまぼこ』の信条だと思いますよ。」

 イ 伝統の味を守る

 さらに、**さんの話を続ける。
 「自分のところは、すぐ店先に擂潰機(らいかいき)などを置いて、外からでも作業が見えるようになっています。『肝心(かんじん)なところを見えるようにしたら、技術を盗まれやせんか。』と心配していただく声もあるのですが、盗める技術というのはみんな知っている程度のもので、自分が勉強せんことにはいかんのです。例えば、『かまぼこ作りにかかる時間は、短いほど良い。』という話は、くどいほど何度も聞かされておりました。ですから、例えば、『火どり』に15分かかって焼いていた工程を、火鉢をやめてニクロム線の電熱器の室(むろ)の中を、2、3分間通すだけでいいように変えました。つまり、製造時間を短くしたわけですね。通したものを、防湿セロハンで密封包装(みっぷうほうそう)して、蒸気で蒸す。しかし、これでできたものは、かまぼこにコシがなくてうまくありません。耳にタコができるくらい聞かされている話(手早く作る方が良いという話)が、製造工程が変わったばかりに、それまでの本当の話がうそになってくるわけです。こういう壁には何度となくぶつかってきました。失敗と試行錯誤(しこうさくご)のくり返しです。わたしぐらい、全国のかまぼこ屋の中で、失敗作をたくさん作った者はおらんでしょう。少しでもうまいものを作るという気構えには、しくじりは必ず起きてきます。技術は体で覚えるもので、魚を信頼して、『これは、いいかまぼこになってくれる。』という思いで、自信を持って伸び伸びと仕事をすると、いいものになってくれます。反対に『この魚では当てにならんね。』とびくびくしながら仕事をしますと、魚の持ち味を引き出すことをよう期待せんようになります。そうすると、かまぼこの方が反乱を起こします。つまり、いい製品にはなりません。魚を信頼するというのは、人間が、つまりかまぼこを作る側が、味を付けてやろうとするのではなくて、魚本来の味を引き出すことなんですね。
 かまぼこには、かなり柔らかさがありながら、しかも口には弾力や歯ごたえが感じられ、加えて、魚の味が残っていないといけません。こういうかまぼこだと、丸々一本食べても、口に嫌味(いやみ)が残りません。人工の調味料だと、どうしても口に残っていけない。確かに、魚の味を引き出すために多少の人工調味料は使用しますが、ベースの80%以上は魚の持ち味が生かされておるわけです。
 お客さんは、『後援会』ですね。ほめてもらうこともあれば、注意を受けることもあります。
 こんなことがありました。今から40年ほど前(昭和30年〔1955年〕ごろ)になりますか、食べ物全体の味がだいたい甘口に変わってきた時期がありました。実際、かまぼこに多少の砂糖を加えないといけないんじゃないかということが言われ始めて、少し『まろみ』(まろやかさ)を出そうかということで、若干、砂糖を加えたわけです。そうしたところ、驚いたことに東京から市外電話がかかってきて、『この間、かまぼこをもろたんじゃが、ちいと(少し)甘くなっとんじゃが、砂糖入れとんじゃないか。』ということで、おしかりをいただいたことがあります。『やっぱり今までの塩味でやっといてくれんといけんぞ。』ということなんです。このあと、砂糖を入れるのはもちろんやめましたよ。
 漁師さんとも親せき付き合いのようになってきます。われわれが飯が食えるどうこうというのは、やっぱり漁師さんがいい魚を獲ってきてくれんことには成り立ちません。一口に『宇和島かまぼこ』といいますが、それはわたしのところのような製造業者だけで成り立っているわけではなくて、魚を獲ってきてくれる漁師さんや、わたしらを応援してくれるお客さんなど、多くの人たちに支えられているものなんです。わたしらのところはそれらのパイプ役だと思っています。漁師さんが獲ってきた魚がより生きるように、わたしらが手を加えてそれを製品化する。そして、お客さんにいいものを買っていただく。これで、商売になっているわけです。」
 今回の調査で、「宇和島かまぼこ」は、宇和海の新鮮な「エソ」を獲ってくる漁師、それを伝統の技で調理するかまぼこ屋、遠く海から離れた山村にまでかまぼこを行商していた「おくいきさん」、そして時には辛口の批評を口にしながらも、「宇和島かまぼこ」の味をこよなく愛し続ける消費者、このような人々に支えられた、地域に根ざした食品であることが明らかになった。
 最後に、「宇和島かまぼこ」のこれからの在り方について、同じく**さんに語ってもらい、この項を閉じることにしたい。
 「現代の水産ねり製品特有の、魚味の薄い材質をベースとして、時代にマッチした味付けをしたものとか、進歩の著しい加工技術によるソフトな口触りなど、近代的な立派なかまぼこも一つの姿です。またその一方で、昔どおりの原料魚と加工工程をかたくなに守り、地方での本来の製品作りを続けるのも、また一つの在り方だと思います。そういうなかでわたしどもは、それぞれの土地に恵まれた原料魚の特性を生かした、その土地でなければできないような製品作りを使命として、努力しているわけです。」


*19:低カロリー新甘味料(かんみりょう)の一つ。甘味は蔗糖(しょとう)(サトウキビから採った砂糖)の約60~70%。甘味
  源以外にも加工食品用の素材としての利用面が広く、例えば、吸湿性が強く、タンパク質と混ぜたとき適度な固さを与え
  るので、冷凍すり身に添加され、水産ねり製品の原料として多く用いられている。