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臨海都市圏の生活文化(平成7年度)

(1)城北は清水の「一寸蚕豆」

 **さん(松山市山越3丁目 大正15年生まれ 69歳)
 中国から渡来した豆の漢名が蚕豆であったため、これを「そらまめ」と読む。さやの形が蚕に似ているからだ、蚕の季節に実るからという説もある。実が入り、さやが大きくなると、天に向かって立つようになるため空豆(そらまめ)(天豆)という説もあり、子実(種子)用、むき実用として利用されている。本県においても、『清良記(親民鑑月集)(⑮)』に「9月、今種子を蒔時也 高野菽(まめ)」と記されている。
 ソラマメは松山平野の特産品に数えられる野菜であり、栽培の歴史も古く、特に城北の清水(しみず)村(現松山市清水町)と山越(やまごえ)は、「清水の一寸蚕豆」の特産地として知られていた。現在は平野の西部が主産地となっているが、周辺部に拡大していったのは昭和38年(1963年)ころからである。同43年以降生産量が急増したのは主産地の千葉、茨城の両県がウィルス病によって生産が減少したことと、保冷車を利用する冷蔵輸送によって、京浜市場へ有利に出荷できるようになったためである。
 ソラマメは、嗜好(しこう)の関係から京浜地域が主市場であり、大相撲夏場所を中心とした時期に、松山平野で生産されたソラマメの約80%が青ざやで出荷され、初夏を飾る旬のものとして東京の人々の好評をえている。愛媛県経済連が、ソラマメの鮮度を保持するため低温輸送を開始したのは、昭和42年以降であり、現在本県は京浜市場で全国一の産地県となっている。また、旬の時期には松山空港からフライト輸送もされている(平成5年度の空輸量は、約3,600kg、県青果連、温泉青果農協扱い)。そのソラマメ、「清水一寸蚕豆」にこだわり続けてきた**さんの話をまとめてみた。
 「ここ清水・御幸(みゆき)・山越地区は城下の北にある外巡(そとまわり)町です。戦後、昭和22年(1947年)ころには、山越地区の水田と農地が70町(70ha)余りあったと記憶していますが、年々、家が建て込んでいって、いまでは9町余りに減っています。そのうえ、ソラマメは嫌(い)や地性が強く、一度栽培すると5年間は休耕しなければ、良いのものができないため、作付け面積も減ってしまいました。6、7年前には14、5町もの水田で作っていたのが、今ではその半分にも満たないくらいです。ここでは主に『清水一寸(いっすん)』を種子用として、2tくらいは例年作っていたのです。古老の話によると、この豆は『河内(かうち)一寸蚕豆』といって、今の大阪府羽曳野(はびきの)市が本場だと言うことです。伊予の国から高野山参詣のおりに種子を買って帰り、栽培されて広まったため高野豆ともいうのだと言っていました。現に若いときには、同市へ種子を売りに行ったこともあり、種物問屋が買い付けに来てもいました。松山では『お多福(たふく)豆』ともいっています。
 今、松山平野で作られているソラマメは、香川県から入ってきた『綾西(りょうさい)』という品種が多いのです。この豆は、一さやに大体3粒入っていますが、清水豆は約1寸(3cm)の大粒が2粒入っているが基本です。それで自然と松山平野でも『綾西』を作るようになったのですが、大阪商人によれば、味の点で断然清水豆が上だといいます。これが東京へ行くと外に比べる豆がないので、ソラマメの本来の味はこれだと思い込んでいるのです。東京市場には松山産のソラマメはむき豆にして出荷されているので、両品種の見分けることができないのです。
 出荷の最盛期は、初夏のものですから大相撲夏場所の前後ですが、以前はこれを過ぎると、半値に下がっていました。しかし、昨年からこの現象が変わってきて、夏場所後も値下がりせず、高値が続くようになり、今年も全国的に不作だったせいか、値下がりしませんでした。むき豆、青ざや(口絵参照)ともに低温輸送によって新鮮なソラマメが出荷されます。むき豆にしたものと、1粒入りの清水豆(青ざやでは出荷できない2級品)はパック詰め輸送には至って便利です。伊予の人は清水豆の味を知っていますので、現在、松山市場では清水豆が見直されてきて高値で取り引きされています。
 もう20年も前になりますが、東京両国の国技館で大相撲夏場所を観戦したのですが、その時のお茶屋さんの料理に、竹串に刺したソラマメが出ていました。5粒くらい刺したものが当時200円だったと思います。桝(ます)席のお客さんがよくこの豆を食べながら相撲を観戦していたのを覚えています。その後2年前の夏場所に再度行ってみたのですが、塩ゆでのソラマメ約20粒入りの小さい折り箱が千円もしていました。
 伊予人は、突き出しにはスルメやピーナツを食べて、ソラマメとは限らないようです。東京人にとって決まり手の一つの突き出しは、ソラマメに限るようです。夏場所がくると、初夏の味、句の物として、関取の体形に似てきて、おはぐろ(口絵参照)ができて硬そうなものまで、そのままで食べています。伊予では、実が入り硬くなったものは皮を取ってたべますが…。」