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わがふるさとと愛媛学Ⅶ ~平成11年度 愛媛学セミナー集録~

◇モノの愛媛学

石原
 このことを皆さんにお話ししようと思い、昨日、城辺町内をぶらぶら歩いていますと、こういうものを見付けました。御存知の方はいらっしゃいますでしょうか。これはどこにあったのかと言いますと、伊勢町の真ん中に店を構えている漁具屋さんにありました。この道具の名前を地元の方にお聞きしたら、「ジゴク」と教えていただきました。ところが、皆さん、これを御覧になって花瓶だと思われた方はおられませんか。遠くから見ると、そのようにも見ることができます。これが棚の上にポンと置かれているだけでは、一体何か分からない。ところが、手に持っていろいろとひねくり回してみると、ここに仕掛けがある。この部分が外れるようになっている。中には「モドリ」が付いている、ということが次々と分かりますね。道具への接し方は、まずきちんと観察することから始まるのです。
 わたしどもの博物館は、なんでもいいからそこら辺りにある物を集めて来まして、きれいに掃除をし、長さや幅などの寸法を測ります。その後、きちんと一つずつ図面を書きます。これは、大変な作業なのです。例えば、竹ひごで編まれた道具でしたら、そのひごの1本1本まで数えます。そして、その道具の持ち主、買ったものの場合ならば、店の御主人などにいろいろなことをうかがいます。
 では、このジゴクは何に使うかお分かりになりましたでしょうか。この中に餌(えさ)を入れて川へ沈めておきますとウナギや他の魚が入り、中にはモドリが付いていますから外へ出られなくなってしまう。そういう道具です。伊勢志摩では、このことを「モンドリ」と呼んでいます。しかし、城辺町ではジゴクと呼ぶ。このことを聞いただけで、「なぜ、そう呼ぶのだろう。」と、まず一つ興味が広がります。さらにわたしの興味は、「今はどこで使われているのかな。」ということに広がりました。そこで、ジゴクを購入した漁具屋さんに尋ねると、「今はもうあまり使わない。」と答えが返ってきました。使わない物を売っていらっしゃるのですから悠長な話ですけども、そうおっしゃる。「以前は、僧都川などにも仕掛けていた。」ということもお聞きしました。
 ところで皆さん。このジゴクは、どこで作られたものか御存知でしょうか。昔、この地元で見掛けたものは、もう少しまっすぐな形で、多分、縦方向に編んだ竹ひごがもっとたくさん入っているようなものではなかったかと、わたしは想像します。そこで、「これは一体どこで作ったものですか。」と漁具屋さんにお聞きすると、台湾製だとおっしゃるのですね。ここでまた、新しい興味が生まれてきます。「じゃあ、これはもう日本では作られていないのかな。もし、そうならば、それはどうしてだろうか。」このことについて、さらにお聞きしたところ、職人がいないという答えがあっさりと返ってきました。それに。「作ってもあまり売れないしなあ。」ともおっしゃられました。こうしたやり取りによって、一つの道具がいろいろな角度から分かるようになります。そして、こうした調査方法を、一般的には聞き取り調査と言っております。
 ですから、皆さんが、ある一つのモノにちょっとした好奇心を持たれて、興味を示される。この興味を示されることから観察が始まり、それを手に持ってしっかり見てやろうとする。じゃあ、それは一体どこで作られたのか。何に使うのか。あるいは古い資料だったら、それはどういう歴史を持っているのだろう。一つ調べてみようか、ということになる。わたしは、これが愛媛学の始まり、この場合ですと「モノの愛媛学」の始まりということになるのではないかと思います。