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わがふるさとと愛媛学Ⅵ ~平成10年度 愛媛学セミナー集録~

◇鏝絵の楽しみ方

 私が、調査しましたものをいくつか御紹介いたします。
 写真1は、川之江市の三角(さんかく)寺という、四国88か所札所の大師堂の正面の壁に描かれている「双龍」です。細かいところが分かりにくいのですが、背景が緑色で、非常に珍しいものです。お寺の話では、江戸末期の慶応年間(1865~68年)ぐらいのものではないかといわれております。そうですと、約130年ぐらいたっているということで、もしかすると、これが四国で一番古い鏝絵ではないかというように思います。
 写真2は、宇摩郡土居町の民家の床の間にあります「松竹梅、鶴」です。地元の左官加地悟平(かじごへい)の仕事です。床の間にあるというのは、全国的にないわけではありませんが、県内ではこれ一つです。秋風(しゅうふう)という落款(らっかん)があります。この職人さんは、そういう絵を日ごろ仕事以外にやっていたのか、雅号(がごう)のようなものを持っていたようです。
 写真3は、越智郡関前村にある「旗を持つ兵士」です。だいたい昭和12年(1937年)ぐらいの作品で、日中戦争のころ、この家の御子息が出征しているという話を聞いて、建築仕事に入っていた、高喜六(たかきろく)という広島県の蒲刈(かまがり)島からきた左官さんが描いたそうです。恐らく無事に帰還してくれというような願いがあったのだろうと思うのですけれども、歴史的な背景を持った非常に珍しい作品で、全国でこれ1例だけだろうと思います。
 写真4は、石灰をつくる時に石灰岩を焼いた石灰窯です。これは恐らく明治の中期くらいにつくられたもので、小大下島(越智郡関前村)という島全体が石灰岩の島にあります。上から石炭と石灰岩を交互に入れ、火をつけて、下から灰をかき出してやっていたという遺構です。これは産業遺跡として全国的に注目されております。
 写真5は、越智郡大三島町の土蔵にある「夫婦岩」で、ものは小さいのですが、図柄や主題が変わっておりましたので、取り上げてみました。これは、古典からの主題としては、非常に珍しいもので、県内では恐らく1、2例しかないのではないかなと思います。
 写真6は、今治市内の泰山(たいさん)寺の奥の院の龍泉(りゅうせん)寺という本堂の正面にかかっております、井出重太郎という左官職人の作で、大正6年(1917年)の墨書きのある「十一面観世音菩薩像」です。鏝絵でこういうふうな仏像を描いているというのは、珍しくて、ほとんどないと思います。
 写真7は、今治市馬越(うまごえ)の安養(あんよう)寺にある「飛天」です。天女が4体、本堂の壁に描かれております。これも落款が「井出」で、明治41年(1908年)という銘がありますので、井出重太郎の仕事ではないかなと思います。顔も、先程の「十一面観世音菩薩像」と似ております。つくった年代と職人の名前が、分かるという非常にめずらしい例です。また、飛天という天女の鏝絵も、全国には数例しかありませんので非常に貴重なものだと思っております。
 写真8は、東予市の民家の母屋の妻壁に描かれた、曽我物語にでてきます「新田四郎忠常の猪退治」の図です。鏝絵の題材として、いろいろな昔の物語の図柄が出て参りますが、この題材を取り上げたのは、全国でこれだけではないかなと思います。これは、青野龍輔の作なのですが、下から見上げて、遠近感や立体感をうまく出しているつくりではないかと思います。目玉にはガラスが入っているようです。
 写真9は、東予市にあった「おかめ」です。これは題材としても珍しいのですが、家を取り壊す時に、家の方が、大事なものだからということで、自分で取り外されまして、現在、松山市の自宅のほうに保存されているという、恐らく保存第1号の鏝絵ではないかと思います。
 写真10は、小田町の民家の戸袋に描かれていた「金太郎」です。昔話からとった図柄ですが、家の取り壊しということで、「鏝絵の会」が出向きまして、所有者とかけあって譲っていただいたものです。現在は宇和町にある県歴史文化博物館のほうに保存されており、将来、展示をするということです。これは2階の戸袋にあり、通りに面しておりましたので、地域の目印となっていて、この家としましても看板のような役目もあったのではないか、ひょっとしたら「金太郎の家」というようないわれ方もしていたのではないかと思ったりもいたします。
 写真11は、宇和町の民家の「時計」です。これは、正式な記録はないのですが、明治14年(1881年)ころにつくられたといわれています。文明開化時代の情報の先端である時計を鏝絵で表したということで、時計が珍しい時代ですので、地域で非常に不思議に思われたものではないかと思います。また、針が8時8分という末広がりになっており、その辺もちゃんと考えたものではないかと思います。この反対側には、「時刻表と方位図」があります。時刻表は、昔からあります十二支の時刻の表示で、それから中の方位図は、通常見るような北が上にある東西南北の表示と違いまして、この家の位置から見た表し方です。和洋の時間を表すものが、両方の壁にくっついているという、非常におもしろいものだと思います。
 以上、県内の代表的な鏝絵を御紹介しました。