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わがふるさとと愛媛学Ⅵ ~平成10年度 愛媛学セミナー集録~

◇ライフワークとしての淡黄磁

 くらわんか茶碗とか、先輩方がいろいろ残していただいた中に、次にお話します淡黄磁があります。これは明治23年(1890年)、向井和平翁(向井窯)が始められたもので、元々のルーツは中国の北宋の白磁にさかのぼると聞いております。
 淡黄磁といいますのは、現在の砥部焼にみられる白磁でなくて、柔らかく淡い黄色味を帯びています。それに向井和平翁が「淡黄磁」という名前をつけてくれています。これは砥部独特の名前で、非常に響きの良いすばらしいネーミングだと思います。
 淡黄磁は、砥部焼の中では、くらわんか茶碗と並ぶ宝物ではないかと思うのです。ですから民芸ブームが起こった時にも、柳先生、濱田先生、富本先生なども、淡黄磁が砥部焼にはあるというようなことで、非常に興味を持たれたと聞いております。
 私が淡黄磁に興味を持ったのは、砥部の外に出ていたものですから、ずっと砥部の地元にいる人とは、ちょっと違った目線で砥部焼が見えたからかもしれません。
 私が淡黄磁をやり始めた時、淡黄磁にこだわってやっている方はおられませんでしたが、「あのめんどうな仕事をやってみるかな。」と言われながら、釉薬(ゆうやく)の調合を教えていただいたりもしました。
 淡黄磁というのは、一般の磁器とどこが違うのかということをお話させていただきます。まず、磁器の焼き方には酸化焼成(しょうせい)と、還元焼成とがあります。一般の磁器である白磁は、通常、還元焼成で焼きますが、淡黄磁の場合は、酸化焼成か中性の焼成になります。還元焼成といいますのは、燃料を不完全燃焼させて、一酸化炭素(COガス)の雰囲気の中で焼きます。また、酸化焼成といいますのは、酸素の十分ある状態で焼くということです。例えば、焼物の顔料としてよく使われる鉄を例にとりますと、鉄が酸化しますとさびて赤茶っぽくなりますが、それを還元しますと、いわゆる青光りをする、鉄本来の色に戻るのです。もう一つ焼物でよく使われる顔料に銅がありますが、銅を酸化させますと、緑っぽい緑青の色になりますが、それを還元しますと、赤銅色のあかがね色になります。実際の淡黄磁でいいますと、酸化焼成で焼きますので、銅は緑っぽくなり、鉄は酸化鉄となり赤茶色になりますが、鉄分が微量ですと全体に淡い黄色になります。しかし、完全に酸化というわけではなくて、酸化から中性の間で焼きますと、淡黄磁の焼き味が出てきます。
 ついでに焼き物の顔料の鉄の色についてお話しますと、焼物で、鉄は非常に基本的な顔料となります。砥部焼の原料には微量ですが鉄を含んでおり、白磁といいましても、純白ではなくて、薄く青みがかった砥部焼独特の色になります。また、釉薬の鉄の含有量が1~2%ですと青白磁の色になり、4%ぐらいですと、ちょっと濃い青磁の色になり、8%まで入りますと真っ黒の天目(てんもく)になり、12%を越えますと鉄砂といいまして鉄さび色になるというように、いろんな色が鉄で出るのです。
 昔の淡黄磁というのは、釉薬の調合に楢灰(ならばい)というのを使っておりまして、この楢灰の中に、原料になるナラの木が栄養分としてとった鉄分が含まれていた関係で、こういう淡い黄色を出したのだろうと思います。
 また、砥部焼の初期のころには、登(のぼ)り窯で焼いておりまして、これは還元焼成で焼く窯ですが、炎が外側を流れますので、窯の中央に火のまわらない部分、温度の上がらない部分があり、そこが酸化焼成となり、淡黄磁がたまたま焼けたのではないかと思います。そして、それを向井和平翁が実際に商品として出されたということなのです。しかし、その後、登り窯もどんどんなくなって電気窯やガス窯に変わり、良質の陶石も少なくなりまして、淡黄磁はあまりつくられなくなったのです。
 現在のガス窯は登り窯と違って、非常に火の回りが良くて、全体がほとんど均一に焼けるのですが、四角い窯の下の四隅だけ火の回らない部分がありますので、私が淡黄磁の研究を始めたころは、そこで小さい湯呑みを繰り返し焼いて淡黄磁のテストをしていました。それより大きくなりますと、炎が当たって、還元焼成になってしまい、淡黄磁はできないのです。平成3年に県の中間技術開発研究事業で、テスト窯等の設備の助成をいただきまして、大きなもののテスト焼きも徐々にできるようになりました。
 淡黄磁の場合、焼き方が重要なのですが、普通の砥部焼の生地を淡黄磁の焼き方で焼いても、茶色っぽい、グレーっぽい色にしかならないのです。と言いますのは、生地が非常に良質で白いものでないと、淡い黄色が出ないのです。それで、平成5年に砥部焼の製土業者の方から、「砥部陶石の上質だけを使った新しい試作の土ができたから、淡黄磁に使ってみなさい。」との申し出があり、以後、現在にいたるまで、それを使って焼いています。ただ、焼き割れがあったり、釉薬に気泡がでたりで、使いこなすのに苦労しますが、現在では、年に1回、土竜(もぐら)の会(現在7人のメンバー)でこの土を使い、それぞれ独特の表現をした作品展を、砥部焼伝統産業会館等で行っております。
 砥部焼をつくる仕事に入りまして、年数も少なく、しかも淡黄磁はまだまだ途中でして、あまり商品にもなりませんので、経済的には非常にしんどい思いをしております。ただ窯を開いて今まで13年ぐらいですけれども、その過程で、先輩、あるいは同僚に非常にお世話になりました。とても一人ではここまでこれなかったなというのが実感です。砥部焼の里は、新入りの私でも、いろんな意味でサポートしていただけるような、非常にふところの広い産地だなと思い、改めて感謝しています。
 淡黄磁は、通常の砥部焼とは土も違い、焼成方法も違いますので、本来の砥部焼とは完全に別の工程で、仕事の合間にぼちぼちつくる程度です。したがって、思い通りの作品にはまだまだほど遠いのですが、今後とも、良い土、良い焼きに加えて、良い細工にも心がけ、急がず気張らず、先輩が築いた淡黄磁の伝統を守りながら、自分のライフワークとして淡黄磁に取り組んでいきたいと思っています。