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わがふるさとと愛媛学Ⅵ ~平成10年度 愛媛学セミナー集録~

◇川と共に生きる

守谷
 だんだん森下先生の目が優しくなっていくような気がいたしております。
 皆さんは、ここ2、3日のテレビ報道、新聞等で、中国の長江の氾濫ですとか、関東、東北地方の200年に1度といわれる大洪水で、堤防が決壊した姿などを御覧になっていると思うのですが、森下先生は本の中で、日本の魚を育ててきたのは、こういった洪水と水が流れない渇水の繰り返しなのだと書かれていたと思いますが、どういうふうに魚を育んできたのでしょうか。

森下
 この肱(ひじ)川という川は、阿武隈(あぶくま)川や宮崎の大淀(おおよど)川などと共に、南のほうに上流があり北のほうへ流れて行く、日本で非常に珍しい川なのです。そういう川は、日本では一般に南のほうが雨が多いものですから、降った雨がどうしても氾濫しやすいという性格を持っております。ですから、南側に上流がある阿武隈川の今度の水害は、これからますますひどくなっていくというふうに私は見ております。それは、世界中の川の中でも、気温の高い所に上流がある川が持つ一つの宿命みたいなものなのです。
 日本の川では、だいたい春と夏と秋とに大きな洪水が起こっております。つまり、3月には雪どけの雨が降って洪水があり、これから春なのだよという春雷が鳴り、梅雨から夏にかけて、また雷がなり、秋になり、紅葉が見ごろの行楽のシーズンになると、また雨が降ります。それが日本の川が持っているパターンなのです。そのパターンの中で、春に卵を生む魚たちは、春の洪水がくると、慌てて卵を生みます。春に卵を生むのは、日本の川にすむ魚の3分の1です。夏になり梅雨でどんどん水が増してくると、急いで卵を生むのも3分の1おります。秋になり雨が降ってきて、川の水温が15℃を切ると、アユなどが慌てて川の下流に向かって泳いで行き卵を生みますが、こういったのも3分の1おります。1対1対1の割合で、川の中にはそういう魚がおりますから、あまり洪水がこなくなった川では、水質はいいのだけれど魚の数が少なくなっていきます。
 それで、現在、アメリカでも日本でも、多くの技術者たちが、そういう魚のパターンに合わせた川の管理をするのには、どうしたらいいかという技術を開発中です。
 最近、小田川に行かれると、小さいころに比べて魚の数が減ったと、お考えになりませんか。そうすると、水質の汚濁よりも前に、もっと広い範囲の川のリズムが狂ってきたのだと思って下さい。例えば、生物が卵を生むといった生活の様式を日本の川が、少しずつ変化させ始めたのだというふうにお考えください。そして、日本の川の生活様式が変わってくるということがどうして恐いかと言うと、それはよそから来た外来種の魚が、そこで幅をきかせるということになるからです。ですから、ブラックバスやブルーギルが増えているのは、日本の川が、外来種のふるさとの川に近づいてきたということなのです。

守谷
 この対談講演の後、続いて地元代表の4人の多様な方々とのワークショップがありますので、それにつなげるということで、森下先生に最後の質問をしたいと思います。
 日本の川の様子を見ておりましたら、現在川がだんだんと我々の生活から離れていっているというのは事実だと思うのです。そういう中で、ここ五十崎では素晴らしい大凧合戦を河川敷で祭りとしてやってきております。最近は大きな祭りになりまして、何万人も人が来るそうです。この大凧合戦は子供の日に、子供がすくすくと育つようにという願いを込めて、名前をたくさん書いた大きな出世凧をあげるというのが発祥のようですが、それが競争になってきて、ガガリという道具で切り合いをするというもので、この近辺では、知らない人がいないぐらい有名になりました。そういった五十崎のくらしを考えましたら、まだここは川と人間とのかかわりがずいぶん残っているのではないかと思います。
 川を治めてきた歴史を考えてみると、まず川を氾濫させては大問題であり、人の生命と財産を守るためには、どうしても土手をきれいにする必要があると考えたようですが、それが逆効果となり、川に人が接近しにくくなったという歴史があるのです。ところが、ここ五十崎町では住民運動で、小さな漬物石でもいいから一人が一つの石を持ち寄ろうということで、スタートいたしまして、これが四国では珍しい近自然工法という川の護岸工事の草分けになったと聞いております。
 そこで、最後に、森下先生の方から、治水や親水というあたりのお話を聞かせていただいて、川に非常に愛着を持たれている地元の方々に、今後の参考にしていただいたらと思います。

森下
 まず一つには、そこに住んでいる方がつくった川は、よその人から見ると、そこの人たちの川に対する意識を判断する材料になるだろうということです。
 つまり、そこに住んでいる人たちが、毎日、この川でいいのだと思って生きているということは、その川が、そういうふうに考えて住んでいる方々の顔になってるというふうに、よその人は思うのだと理解して下さい。
 ですから、こういう川でいいかどうかは、そこに住んでいる人が判断することです。毎日見ているわけですから、魚のいない川だろうといる川だろうと、それはそこに住んでいる方々の合意であり、一つの文化だと思うのです。それを、よそから来た人は、ここの人たちの川に対する考え方はこういうものだなというふうに理解する手掛かりにしているのです。
 二つ目には、最近、建設省が、環境問題を考慮に入れて河川法を変えたということです。そして、その新河川法の中に、環境という部門が入りました。つまり、治水、利水、環境のうち何を優先するのかではなくて、治水と利水と環境とのバランスをどうとるかということを、法律の中に盛り込んだのだということを、最後の締めとしてお話をしておきます。

守谷
 はい、ありがとうございました。
 森下先生は「川は大きな生命体である。」というふうに言われていますが、この川そのものが大きな生命であり、我々も生き物なのだという考えが、今後の環境への取り組みの大きなヒントになると思います。
 環境という言葉は非常に大きな言葉ですが、それを皆さんの手で文化という形にするための取り組みが、これから必要になってくるのではないかなと、私は理解しております。また後半に、この議論が深まっていくものと思っています。
 これで前半部を終了いたします。どうもありがとうございました。