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わがふるさとと愛媛学Ⅴ ~平成9年度 愛媛学セミナー集録~

◇想い出の巨樹

牧野
 皆さん、こんにちは。御紹介賜わりました牧野です。まず、スライドを最初に見ていただき、そのあと、お話を申し上げたらと思います。なおスライドは、いずれも私が現地へ行って、自分で撮影したものですから、著作権法違反ではありません。
 写真1は、申し上げるまでもありませんが、屋久(やく)島(鹿児島県)にある「縄文杉」です。縄文杉がこれほど有名になるよりも比較的前の時期に、しかも単独で行きましたので、案内がいなければ、解説もありませんでした。地図を頼りに、多少道に迷ったこともありましたが、本当に一人で行って戻ったのだという意味で、希少価値があると思っております。
 写真2は、「山高神代桜(やまたかじんだいざくら)」と言いまして、山梨県にあります。樹齢は2,000年で、種類はエドヒガンです。もう上は朽ちてしまっているのですが、私が本に書いたりして少し有名になってから、このサクラのあるお寺の和尚さんが上のほうに覆いをしたわけです。悠久の生命と一口には申しますけれども、命あるものの最後というものは、こういうものなのだということを、まさに今は高齢化社会ではありますが、木を見ていても、高齢化というのは、こういうものだということをお分かりいただけると思います。
 写真3は、信州の山奥にある小野(長野県)というところの「シダレグリ」です。クリの木なのですが、おばけのようになっていまして、地元では、これを「天狗(てんぐ)の栗」と呼んでいます。クリはできるのですが、小粒で渋くて食べられないのです。つまり、生物学的に言えば突然変異ですけれども、こういうものが、神様が宿る木というか、日本人の原始的なカミ観念ということに連動するということで、紹介しました。
 私はだいたい全国で350本ほどの巨樹を見るために、北は稚内(わっかない)から、南は西表島(いりおもてじま)のジャングルまで入っておりますが、今のところ、私が見るところでは、写真4の「言問(こととい)のマツ」が日本で最北端の巨樹と言ってもいいのではないかと思います。サロベツ原野(北海道)のほとりに立っておりまして、樹齢1,200年です。注目していただきたいのは、ちょうど枝のあたりが、円形になっています。これは何も植木屋さんがこういうふうにしたわけでなく、この辺りでは冬場にはシベリアからの平均風速20~25mぐらいの北風が吹きつけるのです。そうすると、必死になって生きようとする木の生命の力と、シベリアからの季節風という大自然の力とが、折り合いをつけたところで、このようなカットになったというところがミソです。
 写真5は、北陸の魚津(うおづ)(富山県)というところの山にある「地鎮杉(じちんすぎ)」と言う樹齢だいたい400~500年くらいの杉です。また、約300m離れた所にも、もう一本同じ名前の、樹齢も大きさも同じような杉があるのです。この地鎮杉の横に祠(ほこら)がありますが、では、どちらが神様かということなのです。人々は祠にお参りするのですが、本来は、木が神様です。また、周りは水田ですので、この木は後で植えたものなのか、開墾したとき残したものかという疑問点が出てきます。先程の「言問のマツ」、あれはイチイの木ですが、やはり同じ疑問点が出てくるのです。開墾するということは、善かれあしかれ、自然破壊なのです。ここに、日本人の自然を壊すということに対する、モラルの問題、倫理観というものが、どういう形で現れているかということを考えることができるのです。
 写真6は、皆さん御承知の福島県にあります「三春滝桜(みはるたきざくら)」です。種類は、エドヒガンです。あとで触れたいと思いますが、日本人の美意識の中には、こういうふうにシダレザクラなど「しだれ」という要素が多分に入るということを説明するためにこれを取り上げてみました。
 写真7は、埼玉県の秩父34か所の札所巡りの中の一コマです。大きなモミジの下にお地蔵さんが並んでいます。つまり非常に温かでやさしい雰囲気の木の下に、仏さんが並んでおさまっているということは、この1本の木に包まれる空間というものが、日本人にとっては、一つの極楽浄土の世界・空間でもあるということを暗示していると思います。
 写真8は、広島市の縮景園(しゅくけいえん)という庭園に生えている、だいたい樹齢80年から100年ぐらいのイチョウの木です。問題は、まっすぐに立っていればいいのが、なぜ斜めになっているかということです。実はこの木は、原爆にあいまして、原爆の爆風でまっすぐ立っていたのが横になり、そのまま枯れないで生きづいてしまったのです。それが現在残っていて、人だけではなしに、植物も原爆の被害にあってなお生きている一例として、紹介させていただきました。
 写真9は、茨城県土浦市の真鍋(まなべ)小学校の校庭にあります樹齢100年ぐらいのソメイヨシノで、茨城県の天然記念物になっています。日本で古いソメイヨシノといえば、これと青森県の弘前(ひろさき)公園にあるものと言われていますけれども、こちらのほうが古いはずです。これは明治時代に、新校舎の建築記念として、当時の卒業生が校庭にソメイヨシノを6本植樹し、現在まで大事に育てて、100年近い樹齢になっているのです。私も、これをNHKの朝の全国版生放送で紹介したことがあります。ここでは、入学式の翌日あたりに、小学校の生徒会が自主的に主催しまして、校長先生以下先生は見守るだけでタッチしないのですが、新1年生を新6年生が皆一人ずつおんぶしてやり、全員が拍手のうちに、グラウンドにあるこの木を1周するのです。これが、この小学校の恒例の行事になっているのです。教育用語で言えば「情操教育」というジャンルだと思いますが、大きな木というものと、それを教育の現場にどういうふうに生かしていくかという一例として、紹介させていただきました。