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わがふるさとと愛媛学Ⅲ ~平成 7年度 愛媛学セミナー集録~

◇漂着物あれこれ②

写真6
 これは、鐘ノ岬。ここを境に、東が響灘(ひびきなだ)です。海の難所でもありまして「千早振る 鐘ノ岬はすぎぬとも われは忘れじ 志賀の皇神」という万葉集の歌が残っておりますけれども。非常に難所でもあり、またそのために、漂着物もずいぶんこの浜には打ち上がります。宗像大社の寛喜3年(1231年)の文書、これは鎌倉時代の文書なんですが、これによりますと、この鐘ノ岬を中心にして、東は遠賀郡芦屋から、西は粕屋(かすや)郡新宮にいたる海岸線の漂着物が宗像大社の本社や末社の修理にあてられています。


写真7
 これは西方丸です。お盆が終わると、こんなのがたくさん流れ着きます。小さい時に拾って家に持って帰って、縁起が悪いと怒られたことがありました。今は少なくなりましたが、なかには、わらで編んだりして、非常に珍しいものもあります。しかし、やはり今のうちに、こういうものも集めておかなければ、やがては発泡スチロールあたりで作られた物になっていくのではないかと思います。


写真8
 これはムラサキダコと言って、海流に乗って来るタコなんですが、だいたい9月から10月ころにたくさん打ち上がります。私どものところから、長崎県あたりにかけては、「タコ変じてヘビになる、ヘビ変じてタコになる。」と言われますが、体から皮がはがれたり、体色や感じがヘビに似ているためで、これがその張本人だそうです。地元ではクチナワダコとかヘビダコとも言っております。非常にグロテスクで、食べてもあまりおいしくはありません。


写真9
 これは鯨です。こういうのも時々浜に打ち上がっています。俗に「鯨1頭、七浦潤(うるお)う。」と言いますが、ちょっとこれでは潤いようもありません。ミンククジラだという話でした。最初は皆珍しがって見に来ておりましたが、そのうち、ものすごい臭いがするようになって、最後はなんとかしてくれということで、町が大きな穴を掘って埋めたそうです。似たような話は、平安時代末の『今昔物語集』にも出ています。


写真10
 これは先ほどお話しましたソデイカです。色が赤いので、アカイカとかベニイカとも言います。また、コウライカ、タルイカ、あるいは、だいたい2匹がいっしょにいるということで、メオトイカ。(実際は2匹いるとは限らないようです。)


写真6 千年振る鐘ノ岬

写真6 千年振る鐘ノ岬


写真7 西方丸

写真7 西方丸


写真8 ムラサキダコ

写真8 ムラサキダコ


写真9 鯨の漂着

写真9 鯨の漂着


写真10 ソデイカの漂着

写真10 ソデイカの漂着