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わがふるさとと愛媛学Ⅲ ~平成 7年度 愛媛学セミナー集録~

◇一番怖いのは「火事」

 昔から、「世の中に怖いものは、地震、雷、火事、親父(おやじ)。」と言います。神戸の地震(平成7年1月)も非常に怖うございましたけれども、宝物を守る立場から言えば、一番怖いのは火事なんです。「御由緒、創業2600年」と言っております大山祇神社では、いろんな事故があるわけでございますが、近年の一番大きな事故というと、平成4年(1992年)10月に、私どもの祖霊(それい)社が放火により全焼しております。木造の50坪あまりの建物が、15分ぐらいで完全に灰になったわけでございます。
 もう少し古い時代の火事のことを、資料に基づいて申し上げたいと思います。
 大山祇神社の現在の御殿は、応永34年(1427年)という墨書き(国指定重要文化財)が残っておりまして、今から560年ほど前に再建されたものでございます。あの足利義満が建てた京都の金閣寺に応永4年(1397年)という銘がございますから、現在の大山祇神社は、ほぼそんな時代の建物なのです。
 二、三さかのぼってみますと、大山祇神社の『由緒記』の中には、「建保5年(1217年)3月23日午の刻(昼の12時ころ)、火災出来、諸屋焼失総数22か所…。」と書いてございます。この5、6年あとに、すぐまた火事があるんです。「85代、堀川院御宇(ぎょう)。貞応(じょうおう)元年(1222年)正月一日、三島宮のあたりより火災。それで宝殿以下、■館(にいかん)、地頭政所、大祝(おおはふり)政所…。」、総数40余か所、全部焼けております。もう一つ申し上げますと、現存する御殿より一つ前の御殿の記録でございますが、「元亨2年(1322年)正月19日夜、兵火にて大小社壇、並びに宝蔵、経蔵、御蔵諸(みくらしょ)役所、仁王門、ことごとく焼失。ようやく相残り…。」と、残った宝物の記録があるわけです。
 今、三つの火事の記録を申し上げましたけれども、たびたびの火災によって建物が焼ければ、当然、一緒に多くの貴重な宝物も焼失しております。ですから、宝物を守る立場から言うと、火災が一番怖いんです。