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宇和海と生活文化(平成4年度)

(1)漁民信仰

 ア 海の神さま

 漁民が信仰する神さまとして、住吉さん、宮島さん、金毘羅さん、八幡さん、大三島さん、和霊さん、恵美須さん、龍神さん、船霊(だま)さんなど多くの神々の信仰がある。それらの神々のうち、氏神としてその村や浦の鎮守の森に祭祀されている神さまもあれば、神社の境内の祠や海岸の鼻や崎にまつられたり、船の中にまつられている神さまもある。氏神さまは春祭り、秋祭りでまつりも盛んであるが、一方では「えべっさん」、「りゆうじんさん」、「ふなだまさん」のように漁民の日常生活の中で親しみ崇められている神さまもいる。これら海にまつわる神のうち「エビスサン」「オイベッサン」の信仰について、宇和海を中心にみてみたい。

 イ エビス信仰

 エビスサン、オイベッサンとして親しまれている神社の宗社としては、兵庫県西宮市に鎮座する「にしのみやえびす」の西宮神社(写真1-3-16参照)と、島根県美保町に鎮座する美保神社(写真1-3-17参照)がある。ともに祭神は「古事記」、「日本書紀」にその名がみえる。西宮神社の祭神である蛭児神(えびすのかみ)は、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)・伊邪那美命(いざなみのみこと)が淤能碁呂島(おのごろじま)で最初に生んだ子が水蛭子(ひるこ)、すなわち蛭子(えびす)である。「古事記」によれば、水蛭子(ひるこ)はひるのような骨無し子であったので、葦船に入れ流し去ったとある。
 西宮の古伝説によれば、昔鳴尾(なるお)の浦(西宮東方3km)の漁師が武庫の海の沖で夜漁をしていたときに、その網がいつもより重いので喜んで引き揚げてみたところ、魚ではなくなにやら神像らしき物であった。漁師はなんとなく口の中でつぶやきながら像を海中に遺棄して、さらに沖に出て和田岬あたりにさしかかり、そこでまた網を引いていると、不思議なことにさきほど武庫沖で見送った神像がまた網にかかってきた。漁師も二度までも自分の網にかかったことで、これは只事ではないと感じ、像を船に乗せ家に帰っておまつりした。
 ある夜夢に神のお告げがあり、「われは蛭子神(えびすのかみ)なり。国々を廻ってこの地に来たが、この地より少し西方によき宮地がある。そこに居りたいからそこへ移せ。」と申された。漁師は驚いて夢のお告げのことを仲間に話し、一同の同意をえて像を御輿に乗せ西の方お前の前(さき)にしばらく仮宮をつくりとどめ、さらに好適の地として現在の地に奉斎した(㉒㉓)。
 美保神社の祭神である事代主神(ことしろのぬしのかみ)については、「古事記」に「大国主神(おおくにぬしのかみ)、また神屋楯比売命(かむやたてひめのみこと)を娶(めと)して生める子は、事代主神。」とあるように、事代主神は大国主神の子どもとなっている。天照大神(あまてらすおおみかみ)が建御雷神(たてみかずづちのかみ)と天鳥船神(あめのとりふねのかみ)の二神を大国主神のもとに遣わして、国譲りの談判交渉にやってきたとき、大国主神は「僕(あ)は得曰(えもう)さじ。我が子、八重言代主神(やえことしろのぬしのかみ)、これ曰(もう)すべし。然るに、鳥遊(とがり)をし、魚取りて御大の前に往きて、未だ還り来ず。」すなわち、わたくしはお答えできません。わが子事代主命がお答えしますが、今は鵜がいや魚取りで美保の岬に行って留守にしています。と申したので天烏船神が美保の岬に事代主命を迎えに行った。事代主神は父神である大国主神に、この国は天照大御神の御子に献上いたしましょうと申しあげた。後世になって大国主神を大黒(だいこく)さま、事代主神を恵美須(えびす)さまとしての信仰が生まれ、エビス・ダイコク福の神と愛称されるようになった。エビスさまは右手に釣竿を左手に鯛を抱え、頭には烏帽子をかぶった福々しい像となり、西宮神社と美保神社が混同されて信仰されるようになった。とくに近世に入って西廻り航路の発達は美保の港に入港する船乗りによって、西宮はエビスかきの宣伝活動や十日えびすのまつりによって人びとの間に厚い信仰を生み、全国に信仰圏を拡大していった(㉔㉕)。

 ウ 愛媛県下のエビス神社

 事代主神、蛭児神をまつる神社は境内神社を含めて県下に206社がある(㉖)。分布は全県的であるが、東予の新居浜市、土居町、別子山村、伊予三島市、川之江市、新宮村には少ない。エビスの名称も戎、笑子、蛭子、夷子の字があてられている。神社の名称も美保(三穂)神社、蛭子(恵美須)神社である。祭神としてはほとんどの神社が事代主命となっている。しかしながら、祭神が事代主命となっているから、県下のエビス神が出雲の美保神社より勧請した神ということは出来ない。愛媛県下の場合、エビス神は出雲の事代主神と西宮の蛭児神の2系統があり、一部に内子町内子の恵美須神社のように祭神は事代主命となっているが、宮島の長浜神社の荒エビスを勧請しているところもある。
 事代主命を祭神としている神社でも実際は西宮蛭児神を祭祀している場合も多い。今後実地に検証していく必要があるが、「愛媛県神社(㉖)」からも事代主命とありながら明らかに西宮神社系統のものがある。例えば、東予市今在家の三穂神社や北条市北条の三穂神社は、祭神は事代主命であるが、神社の神紋は西宮神社の「三つ葉柏」である。蛭子神、恵美須神と明記している神社は11社ある。さらに神社の中に事代主命と蛭子命をともに祭祀している神社も11社ある。宇和島市中央町と恵美須町にある恵美須神社の祭神は事代主命であるが、記録では西宮から勧請したとある。変わったところでは、西海町中泊の西宮神社のように淡路の西宮神社から勧請したものもある。

写真1-3-16 兵庫県西宮の西宮神社

写真1-3-16 兵庫県西宮の西宮神社

平成4年11月撮影

写真1-3-17 島根県美保関の美保神社

写真1-3-17 島根県美保関の美保神社

平成4年2月撮影