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えひめ、昭和の記憶 ふるさとのくらしと産業23ー松山市①ー(令和4年度「ふるさと愛媛学」普及推進事業)

第1節 近郊農業と人々のくらし

 旧北条市は高縄半島の西部に位置し、東部は山岳地帯であり、高縄山、北三方ヶ森、陣ヶ森、大月山の4峰が連なり、その分水嶺が南北に走っている。これらの諸峰を源流に、立岩川、河野川、粟井川などの諸河川がほぼ並行して西流して斎灘に注ぎ、沖積平野を形成している。平野部では米作とその裏作である野菜栽培が盛んで、昭和41年(1966年)にタマネギが、同55年(1980年)にキャベツが国の野菜指定産地となるなど、県下有数の産地である。北部の浅海地区は伊予ナシ栽培の発祥の地であり、現在では柑橘(かんきつ)栽培が盛んである。
 本節では、大浦地区と横谷地区で行われていた農業を取り上げる。大浦地区は、明治22年(1989年)の町村制施行以降、難波(なんば)村に属していた。旧北条市の北西部に位置し、西は斎灘に面する農業地帯である。高縄山系が海岸近くまで迫り、隣接する浅海原、下難波とは山地で遮られている。かつてはナシの栽培が盛んであったが、現在では急傾斜の山腹が柑橘園となっている。また横谷地区は旧北条市の中央部にあり、河野川上流の山間地域である。
 本節では、大浦地区の農業とくらしの様子について、Aさん(昭和16年生まれ)、Bさん(昭和19年生まれ)から、横谷地区の農林業とくらしの様子について、Cさん(昭和23年生まれ)から、それぞれ話を聞いた。