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えひめ、昭和の記憶 ふるさとのくらしと産業20 ― 大洲市② ― (令和3年度「ふるさと愛媛学」普及推進事業)

第2節 醸造業と人々のくらし

 肱川(ひじかわ)地域では、明治になってから酒造業、醬油(しょうゆ)醸造業が創業された。醬油醸造業は大正初期に大洲(おおず)町(現大洲市)や内子(うちこ)町の業者の進出に対抗できずに廃業したが、酒造業は大正10年(1921年)に大川(おおかわ)村、宇和川(うわがわ)村、大谷(おおたに)村、河辺(かわべ)村(いずれも現大洲市)の近隣4か村七つの酒造会社が合併し、豫州醸造株式会社が設立され、本社が鹿野川に置かれた。豫州醸造株式会社は、昭和31年(1956年)に養老酒造株式会社と社名を変更して酒造業を続け、現在では大洲市唯一の酒造会社となっている(写真2-2-1参照)。
 本節では、養老酒造における昭和から現在に至るまでの酒造りの変遷について、Aさん(昭和36年生まれ)から話を聞いた。


写真2-2-1 養老酒造

写真2-2-1 養老酒造

令和3年6月撮影