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えひめ、昭和の記憶 ふるさとのくらしと産業14-西予市②-(平成30年度「ふるさと愛媛学」普及推進事業)

第4節 鉱業と人々のくらし

 昭和31年(1956年)に設立された大日本ドロマイト鉱業株式会社黒瀬川鉱山事業所は、西予(せいよ)市城川(しろかわ)町田穂(たお)に位置し、鉱山付近は標高260mから426mの比較的緩やかな地形にある(写真2-4-1、図表2-4-1参照)。昭和29年(1954年)に試掘権が設定されると、製鉄用及び苦土肥料用として開発するための計画が立てられた。操業開始当初は、鉄鉱用鉱石のみの生産を行っていたが、肥料工場の完成とともに肥料用原料の製造に重点が置かれた。昭和30年代の中ごろになると苦土肥料の需要が増加し、三交替制勤務を導入しなければ生産が追い付かない状況になるなど、活況を呈していた。
 当鉱山が採掘するドロマイトとは、苦灰石、白雲石とも呼ばれるカルシウムとマグネシウムの炭酸塩からなる鉱物であり、その生成は約1億5千万年前の珊瑚(さんご)の堆積によるものと考えられている。当鉱山のドロマイトは、赤道付近の珊瑚礁が長い年月にわたるプレートの移動に乗って、フィリピンや台湾沖を通過し、隆起や沈降を繰り返して陸地となった所のものである。
 本節では、昭和30年代からドロマイト鉱山で長年働いてこられたAさん(昭和19年生まれ)から、坑道内での仕事や田穂地区でのくらしについて、昭和40年代後半から苦土石灰肥料の製造工程に携わったBさん(昭和8年生まれ)から、鉱山での女性の仕事について、それぞれ話を聞いた。