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えひめ、昭和の記憶 ふるさとのくらしと産業14-西予市②-(平成30年度「ふるさと愛媛学」普及推進事業)

第3節 農業と人々のくらし

 旧野村(のむら)町において葉タバコは、昭和14年(1939年)に栽培が開始されて以来、町の基幹作物としての地位を確保してきた。昭和54年(1979年)ころには旧野村町に約1,000戸あった養蚕農家が各野菜や畜産、葉タバコの生産に切り替え、葉タバコの販売金額は最盛期には7億円の販売実績を誇り、県内有数の葉タバコの産地となった。しかし、担い手の高齢化に加えて、平成16年(2004年)及び同23年(2011年)に日本たばこ産業株式会社が廃作協力金を実施したことにより、農家数、栽培面積ともに大きく減少した(図表1-3-1参照)。
 また、旧野村町の地場産業として地域経済に貢献した泉貨紙は、今から約400年前の天正年間に、松葉城主西園寺公広の家臣であった兵頭太郎右衛門通正(「泉貨居士」とも言われる)によって発明された厚手の和紙である。泉貨紙はその強靭(きょうじん)さから帳簿用紙、経本、折本などに重用され、江戸時代には宇和島(うわじま)藩の保護を受けて発展し、明治から大正時代には地場産業として栄えたが、洋紙の普及とともに衰微の道をたどっている。泉貨紙の主原料はコウゾであるが、旧野村町内ではミツマタも原料として長期間栽培されており、惣川(そうがわ)地区を中心に各地で生産されていた。
 本節では、旧野村町における葉タバコの栽培についてAさん(昭和16年生まれ)から、ミツマタの栽培についてBさん(昭和9年生まれ)からそれぞれ話を聞いた。


図表1-3-1 野村町葉タバコの生産農家数と栽培面積

図表1-3-1 野村町葉タバコの生産農家数と栽培面積

『野村町誌』により作成