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えひめ、昭和の記憶 ふるさとのくらしと産業14-西予市②-(平成30年度「ふるさと愛媛学」普及推進事業)

第1節 酪農と人々のくらし

 旧野村町の酪農は、昭和19年(1944年)、静岡県種畜場より乳牛を導入したのが始まりである。昭和20年(1945年)には明治乳業三津浜(みつはま)工場と取引が始まり、同25年(1950年)には明治乳業野村工場の誘致が実現した。昭和19年(1944年)の酪農開始時には、乳牛飼養頭数26頭、飼養戸数24戸であったが急速に増え続け、昭和38年(1963年)には2,287頭、1,058戸とピークに達した。しかし以降は、昭和37年(1962年)の乳価闘争及び経済構造の変化により飼養戸数は減少に転じた。特に昭和45年(1970年)以後は急激に減少し、同50年(1975年)の飼養戸数は、45年の約半数となり、その後も減少を続けた(図表1-1-2参照)。一方で1戸当たりの飼養頭数は増え続け、旧野村町の酪農は大規模化・専業化していった。
 旧野村町東部の大野ヶ原は、標高1,100から1,400mのなだらかな高原である。昭和25年(1950年)以降、多くの人々が入植し、昭和34年(1959年)には乳牛が導入されて酪農が始まり、広大な採草地と放牧地に恵まれて飼料の自給率が高く、また夏季の冷涼な気候が適していたことから発展していった(写真1-1-1参照)。さらに、昭和49年(1974年)からの県農業開発公社による公社牧場設置事業により、近代的設備が整備され、県下最大の大規模酪農地となった。
 本節では、昭和40年代以降の旧野村町の酪農の歩みについてAさん(昭和10年生まれ)から、旧野村町での酪農にまつわる思い出についてBさん(昭和5年生まれ)から、大野ヶ原での酪農にまつわる思い出についてCさん(昭和5年生まれ)から、明治乳業野村工場での仕事にまつわる思い出についてDさん(昭和12年生まれ)から、それぞれ話を聞いた。

図表1-1-2 野村町の乳牛飼養頭数、飼養戸数の推移

図表1-1-2 野村町の乳牛飼養頭数、飼養戸数の推移

『野村町誌』『野村町誌(完結編)』により作成

写真1-1-1 大野ヶ原寺山地区

写真1-1-1 大野ヶ原寺山地区

平成30年11月撮影