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瀬戸内の島々の生活文化(平成3年度)

5 生物相

 空から見る瀬戸内海は、青い海に点在する島々が、なぎさできれいに縁取りされて緑を浮き上がらせ、女性的で穏やかな海面に幾筋も引かれる白い航跡は芸術的でさえある。その景観は心の安らぎを人々に与え、世俗の煩事をいっさい忘れさせる。まさに天下の名勝である。
 時代の流れとともに、島の姿も変化を余儀なくされ、失われた景観を嘆く声もあるが、それでもなお見事な自然の美しさを保っている。
 古来、人間を拒み続けてきた大山祇神社の社叢のように、学術調査のメスが入っていないものも含めて、原始の姿を残す優れた寺社林も多い(昭和34年7月16日、総合学術調査、愛媛新聞)とはいえ、現在の緑は人為的に造られた二次林が圧倒的に多く、それを天然更新のアカマツ林が補っている状況である。
 ここでは、概観的に島々の植生・瀬戸内の動物を取り上げる。

(1)そはやき要素の植物

 日本の植物分布区域は、えぞ-むつ(蝦夷陸奥)・関東・日本海・フォッサマグナ・そはやき・みの-みかわ(美濃三河)・阿哲・小笠原・琉球の9区域に分けられる(山本四郎氏、『新愛媛風土記』)。
 その一つである「そはやき」は「襲速紀」で、九州に伝わる「熊襲(くまそ)」の襲、豊予海峡の古名「速吸(はやすい)瀬戸」の速、「紀伊の国」の紀から取ったもので、「そはやき」は九州・四国・中国の瀬戸内側・近畿南半分・東海道方面の植物区をいう。
 瀬戸内の島々が属するそはやき地域の植物は、中国大陸西南部と深い関係があり、共通種や近縁種が多く、植物分布の上で重要な100種のものがあるといわれている。
 越智諸島(燧灘)にもカカツガユ・イワガネ・ナタオレノキ・ノシラン・ヒゲスゲなど貴重なものがある。

(2)愛媛県の植生からみた地域区分

 森川国康氏(『愛媛県の地域区分と地域設定に関する研究』、1982年)によれば、芸予諸島はすべて海抜900mまでのヤブツバキクラス域に含まれ、大三島の鷲ケ頭山(436.5m)や岩城島の積善山(369.8m)など越智諸島・上島諸島の最高峰もすべてヤブツバキクラス域におけるシイ・タブ林域界に属する。
 調査のシーズンの関係から、ヤブツバキを観察する機会が多かったせいもあるが、島々にヤブツバキの古木を見た。とくに大三島では東の上浦町から南の井口にかけて、県天然記念物指定のツツジであるオオムラサキとともにヤブツバキの巨木が多かった。さらに南西部の宗方・口総(くちすぼ)にはいっそう多く、町の天然記念物に指定された「湯頭(ゆがしら)」・「御島(みしま)」・「鶴姫」の大木を見ることができた。
 ヤブツバキの調査で、一日中大三島を案内していただいた村上俊弘氏(45歳)は、道々、情熱をこめて、大三島のことやヤブツバキのこと、青年時代の植物研究家との出会いを、昨日のことのように語ってくれた。
 「八木繁一先生を御案内してツバキを勉強する機会ができ、森川国康先生をお招きしてツバキ同好者に講演していただくころには、町の文化財保護審議委員をしていたこともあって、ヤブツバキとの付き合いは、切っても切れぬ仲になってしまいました。町の天然記念物に指定していただいた3品「湯頭」・「御島」・「鶴姫」には名付け親としての責任というよりは、抑えきれない愛着を感じまして、ずうっと見守ってきたわけです。」
 水軍焼きの窯元である村上俊弘(俊山)氏は、29歳から水軍焼きを世に出したのであるが、茶花としてのヤブツバキに魅せられたのはそれ以前からであるという。「鶴姫」の気品と清楚、淡い藤色を漂わせた白は、風格と重量感あふれる水軍焼きの一輪挿しにぴったりで、鶴姫伝説の昔を偲ぶに十分、まさに大三島の生活文化を見た思いである。

(3)現存植生

 昭和50年に環境庁から出された現存植生図の本県分の資料等から、本県の自然植生は有史以前から変更してきた代償植生とみるのが妥当と森川氏は言う。この資料によると、人工林であるスギ・ヒノキ造林地は、全面積の41.0%に達し、次いで、マツ林が24.9%である。マツ林もほぽ人為的に造成されてきた二次的植生といえるもので、現在海抜500~600m以下はアカマツ・常緑広葉樹を植生にもつ所が多くなっている。次いで、水田や畑などの占める割合が全県面積の15.0%、ミカンなどの果樹園・桑茶園などの面積は10.3%の広がりを見せている。ブナ林・シラベ林とか、シイ・カシの自然植生の残跡を示す面積はほぼ5.2%に過ぎない。
 瀬戸内の島々・海岸地帯はアカマツ林が多いが、もともとウバメガシ・トベラを指標とする海岸植生が広がっていたものと思われる。
 ウバメガシは南予に多く、三崎半島以南の南予海岸地方で至る所に見られるが、東予の島しょ部にもかなり発達した純林がある。大三島・弓削島・生名島のウバメガシ林などである。岩城島祥雲寺の舟形のウバメガシは有名で、多くの人が訪れる。自然木に人工の加わった典型的な銘木(『岩城村誌』、1986年)で、大三島や生口島を背景に内海に浮かぶ帆かけ舟のように見える姿は美しい。何代にもわたる住職の細心の苦労が偲ばれる。
 越智諸島・上島諸島のウバメガシ林内にはタイミンタチバナ・ヤマモモ・モッコク・ヒサカキ・ネズミモチ・シャシャンボなどが混生し、生態的には南予のウバメガシ林と類似植物が多い。
 また、アカマツ林は昭和40年代以降マツノザイセンチュウによる松枯れの被害が大きく、瀬戸内の景観が一変したが、現在はその跡へ天然更新して、再びアカマツ林になりつつある。台風19号によって、島の西側・南側斜面は塩害がひどく、柑橘とともににマツも被害を受けた。天然更新途上の痛手に違いはないが、6か月が経過した現在、新たな緑の芽があちこちに散見される。かつての瀬戸内が誇った白砂青松がよみがえるのも遠くはあるまい。

(4)海岸と植物

 瀬戸内は海岸線も複雑であり、大小多数の島もまた複雑な海岸地形を示すことから、海岸植物の生育の立地も多いはずである。ところが、戦中・戦後から現在に至る各種の開発によって、優れた海岸植生で消え去ったものが全国的に見られ、本県もその例外ではなかった。その中にあって、弓削島法皇ヶ原・津波島・大三島台海岸などに代表される砂浜を持つ越智諸島や、古来忽那七島と呼称された興居島・野忽那(のぐつな)島・睦月(むづき)島・中島・怒和(ぬわ)島・津和地(つわじ)島・二神島などは今もなお美しい砂浜を誇っている。ちなみに、この越智諸島や忽那七島は瀬戸内海国立公園の主要景観である。
 海岸の植生は立地の違いによって、差異を生じるが、植生概観という視点に立って、越智郡を代表する大三島町を取り上げてみた。
 自然海岸では、台(うてな)海岸のようなハマサジ群落が一般的で、半自然海岸の内側にある肥海(ひがい)、明日(あけび)、台、野々江の塩生湿地草原には、ホソバノハマアカザ群集がありハマゴウ・ハマヒルガオ・ハマエンドウ・ハマボッス・ハママツナが繁茂し、台塩生湿地ではオカヒジキ・ホウキギク・ハマゼリのほかアメリカネナシカズラがハマゴウに寄生している。
  
(5)海藻

 愛媛県の海は瀬戸内海の伊予灘から斎灘・燧灘にわたる地域と、宇和海を中心とする豊後水道の海域の二つに分けられるが、海藻が豊富で約420種を産する。
 瀬戸内海はセトウチアヤニシキのような軟質の紅藻が多く、宇和海は波の荒い外洋の影響を受け、厚く硬いものが多い(『新愛媛風土記(⑪)』大内三郎氏記述より)。また、黒潮の影響で暖海性の海藻も多い。
 渦潮で名高い来島海峡では、大潮時には10ノット近くの潮流があり、磯がきれいに洗われている。そのために紅・褐・緑色など色とりどりの藻が磯の岩上で波に揺れる様子は、高山のお花畑の美観と対照的ともいえよう。320種余の豊富な海藻を産する海域である。
 来島海峡の島々や今治地方では、ワカメやテングサをおもな海藻として利用してきたが、少し変わったものとして、イバラノリ(カズノイバラ)の利用かある。イバラノリを夏季に採集し、それを原料として寒天様のものを製造する。これをイギス豆腐と呼んでいるがなかなかの珍味でかる。皮をむいた小エビやニンジン・バナナなどを中に入れ、風味や美しさを加えている。

(6)瀬戸内の動物

 瀬戸内海に棲む動物は、魚類が約430種、力二・エビなどの節足動物も約430種、貝類は1,000種にも達し、それにウニ・ヒトデや小型動物の仲間を加えると2,600種以上の動物が記録されている(『新愛媛風土記(⑪)』森川国康氏記述より)。海岸線の長い愛媛県の沿岸にはそれらの約半数の生息が知られていて、海の生物の楽園と言われている。また、瀬戸内海は世界的な養魚場ともいかれるほどに生産性も高く、内海の魚は世界の珍味ともされてきたのである。
 森川氏によれば、瀬戸内で知られる魚(カッコ内は地方名)には、海魚の女王であるマダイのほかサワラ・マアジ・クロダイ(チヌ)・キジハタ(アコウ)・マアナゴなどが知られ、メバル・アイナメ(アブラメ)・キス・キュウセン(ギソ・ギザミ)・イボダイ(アマギ)・カサゴ(ホゴ)・オニオコゼ・セトダイ(モミダネ)・タケノコメバル・マエソ(エソ)・コチ類・タチウオ・ハギ類・サヨリ(サイレ)・カレイ類など季節には欠かせないものが多い。
 魚類も貝類もあふれんばかりにすんでいたこの海域には、秋から冬になると、北の寒い国からカモ類などとともに、アビ(カイツブリ)やオオハムがたくさん渡来していた。そのアビやオオハムは、冬から春にかけてイカナゴの大群を追って海面に群がり、逃げ惑うイカナゴの大群を求めてタイやスズキが集まってくるという。
 漁師は、アビ-イカナゴ-タイの習性を利用した魚持網代という漁法をあみ出し、タイやスズキをたくさん釣り揚げたものである。現在ではこの漁法もあまり見られなくなった。
 潮間帯の岩礁地には、ウノアシ・ヨメガカサ・マツバガイ・コウダカアオガイ・カラマツガイ・レイシガイ・イボニシ・イシダタミ・クロツケガイ・クボガイ・コシダカガンガラ・エビスガイ・サザエなどの巻き貝や、ケガキ・コバルトフネガイ・ヒバリガイなどの二枚貝が適した環境を選んで生息している。
 昭和10年(1935年)に初めて神戸港で見つかったというヨーロッパ原産のムラサキイガイは、今では岩礁を覆い尽くすほどに大繁殖しているが、これに似て13cmにも達する大型のイガイは昔から「瀬戸貝」の名で人々に親しまれ、冬から春にかけて潜水作業で大量に採り、各地で食用に供される。