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瀬戸内の島々の生活文化(平成3年度)

(7)夢と現実のはざまにあって

 新経営主となった**さんは、父親から「農業はしんどい。ミカン作りはつまらん。」という言葉を聞いたことがない。ところが父親から経営を任され、集落内や農協の会合に顔を出すようになってから、年配の人たちから〝農業悲観論〟の言葉を聞くことがある。「親が農業をつまらん、つまらんと言っていたら、それを受け継ぐ若いものがいなくなってしまうではないか。」と反論したことがある。
 この点について、父親の**さんは「現在農業をやっている親が、その気になって、経営の基盤を作り、実績をあげる努力をしなければ、子供は住みづらくなる。中島を〝ミカンの島〟として将来ともに位置付けるには、親が率先して手本を示さなければ、子供は島に帰って来ない。後継者がおらん、おらんと言う前に、親が本気でそのことを考えたいもの。」と語る。
 **さんも、「農業が、今はやりの〝3k職業〟の一つにあげられている。私には、12歳の長女を頭に3人の子供がおり、長男は4月から小学校1年生になる。この子供たちに、生きがいのある農業を引き継ぐためにも、この問題を解決しておくことが、私の責任だと思っている。」と意欲的だ。それには、1日8時間労働を目標に経営の組み立てを図り、ゆとりのある生活基盤を作りたいとの抱負を持つ。
 彼が経営・生活のすべてを譲り受けてから、まだ1年に足りない。父の家族の一員として生活してきた当時と、自分が家の主柱となった現在とでは、ものの見方にもいくらか違いが出てくる。「自分で実際に財布のひもを握ってみると、これからのほうが大変だなあーという気持ちで身が引き締まる。」「現実の生活の中では、今まで考えてきたことが、夢になるのではないかと思うことがあるが、自分の判断で計画・実行できるのは、やりがいがある。」いま彼は、夢と現実の接点を模索中でもある。
 今の若い世代には、働くだけの明け暮れでは、どんなに経済力が伴っても、味気ない生活になる。**さんが、サラリーマン並みの生活を目指すのも、身体的なゆとりに加えて、心のゆとりを持ちたいからである。とくに農家の主婦には、時間的な余裕が少なく、このことが古くからの農家生活のイメージダウンにつながっていた。
 **さん夫婦は、そんなモヤモヤを一掃しようと、地域で発足しているバレーボールチームに揃って参加し、週1回の夜間練習日には必ず駆け付ける。奥さんの**さんは、この他に中島町の伝統芸能として編成された「水軍太鼓」の練習にも参加し、この日は、夫や子供たちから「いってらっしゃい。」と励まされて送り出されている。
 働きもので通った父親夫婦にも滞りなく経営移譲を済ませた安心感が漂う。「雨の日でも、体を動かしているほうが骨休みになる。」生活から、最近では二人揃って1週間程度の旅行を楽しむことが年中行事となった。もちろんその経費は、経営権の移譲に際して取り決めた、農業粗収入の8%の小遣い料が、裏付けである。