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政治小説家。新聞記者。宇和島城下(現宇和島市)出身。幼名は雄次郎、後に重恭と改める。「東京曙新聞」などの編集長となり、問題記事による事件を起こしながらも屈することなく自由民権を積極的に唱え、政治運動に奔走した。その後、小説を通じて民衆の政治意識を高め、自由民権や政党政治を実現しようと、政治小説の執筆を始めた。生涯で20余編を刊行し、政治小説『雪中梅』などが広く読まれた。
略歴
| 嘉永2(1849)年2月21日 |
宇和島城下笹町(現宇和島市)の藩士の家に生まれる。 |
| 万延2(1861)年 |
藩校明倫館に入る。 |
| 明治2(1869)年 |
藩校明倫館の教授となる。 |
| 明治5(1872)年6月 |
神山県の官吏となる。 |
| 明治6(1873)年 |
退職し、東京に出る。 |
| 明治7(1874)年 |
大蔵省に入るが、すぐに退職。 |
| 明治8(1875)年4月 |
東京曙新聞に入社し、編集長となる。 |
| 8月7日 |
新聞紙条例を批判し、禁錮・罰金刑。 |
| 10月27日 |
成島柳北の朝野新聞に入社し、編集長となる。 |
| 明治9(1876)年2月 |
またも問題記事により、禁錮・罰金刑。 |
| 明治14(1881)年10月 |
自由党結党とともに入党。 |
| 明治16(1883)年 |
自由党を離党。 |
| 明治19(1886)年8月 |
代表作『雪中梅』の上編を刊行。11月には下編も刊行。 |
| 明治21(1888)年4月 |
欧米の政治事情視察のための外遊に出る。 |
| 明治22(1889)年 |
帰国。外遊の見聞を元に多くの小説を刊行。 |
| 明治23(1890)年7月1日 |
第1回衆議院議員選挙で当選。 |
| 明治27(1894)年9月1日 |
第4回衆議院議員選挙で当選。 |
| 明治29(1896)年2月5日 |
舌がんのため、現職の代議士のまま48歳で永眠。墓所は宇和島市大超寺。 |
<関連図書>
- 末広鉄腸『雪中梅』 博文堂 1886年
- 末広鉄腸『第二帝国議会ノ一大要件』 青木嵩山堂 1891年
- 末広鉄腸『失策又失策』 青木嵩山堂 1892年
- 末広鉄腸『鉄腸遺稿』 末広重雄 1918年
- 昭和女子大学近代文学研究室『近代文学研究叢書 第2巻』 光葉会 1956年
- 愛媛県史編さん委員会『愛媛県史 文学』 愛媛県 1984年
- 愛媛子どものための伝記刊行会『愛媛子どものための伝記 第11巻 大和田建樹・末広鉄腸・夏目漱石』 愛媛県教育会 1985年
- 愛媛県史編さん委員会『愛媛県史 人物』 愛媛県 1989年
(写真提供:宇和島市立図書館)
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