| 明治35(1902)年7月14日 |
西宇和郡川之石村琴平(現八幡浜市保内町)に、開業医の富沢岩生とウラの長男として生まれる。 |
| 大正15(1926)年 |
早稲田大学政経学部を卒業。在学中に俳句に関心を持つ。 |
| 昭和5(1930)年 |
帰郷し、地元の銀行員となる。 |
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この頃から『ホトトギス』などに投句するようになる。 |
| 昭和10(1935)年1月 |
日野草城主宰で、俳句の近代化・革新化を目指す俳誌『旗艦』が創刊され、参加。 |
| 昭和12(1937)年11月 |
工兵隊の将校として中国へ渡る。(同15年帰国) |
| 昭和16(1941)年8月 |
処女句集『天の狼』を刊行。 |
| 昭和17(1942)年7月 |
北千島などの北方の守備に着く。 |
| 昭和21(1946)年 |
東京で俳誌『太陽系』を創刊。 |
| 昭和27(1952)年 |
俳誌『薔薇』を創刊。 |
| 昭和37(1962)年3月7日 |
肺がんのため61歳で永眠。墓所は東京都武蔵野小平霊園。 |