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儒学者。明教館教授。松山城下(現松山市)出身。名は梁。号は陶渓、字は伯巌。藩命により昌平黌に入学し、朱子学を修得した後、松山に帰り、藩主松平定通に仕えた。松山藩の藩校である明教館の開設により、教授として長く藩士の子弟教育に従事した。その門から矢野玄道や大原観山らを輩出した。また、詩文に秀で、書道も巧みであった。
略歴
| 天明5(1785)年2月17日 |
松山城下に生まれる。 |
| 青 少 年 期 |
杉山熊台に古文辞学を学ぶ。 |
| 文化12(1815)年 |
藩命により江戸の昌平黌に入学。古賀精里に師事し、朱子学を修得。 |
| 文政10(1827)年 |
松山に帰郷。 |
| 文政11(1828)年 |
明教館開設により、教授として子弟の教育に従事。 |
| 安政元(1854)年 |
隠居。 |
| 慶応2(1866)年9月14日 |
82歳で永眠。 |
<関連図書>
- 田中歳雄『愛媛県の歴史』 山川出版社 1973年
- 影山昇『愛媛県の教育史』 思文閣出版 1983年
- 愛媛県史編さん委員会『愛媛県史 人物』 愛媛県 1989年
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