愛媛の偉人・賢人の紹介
藤堂 高虎 とうどう たかとら (1556〜1630)

 宇和島城主。今治城主。近江国犬上郡藤堂(現滋賀県)出身。初め浅井氏に仕えるが、後に羽柴(豊臣)氏に仕える。文禄4年、宇和島城主となり、7万石を領して、伊予に入国する。関ヶ原の戦いで今治も合わせて20万石に加増され、加藤嘉明と伊予を二分する。築城に優れ、宇和島城・今治城・江戸城・伏見城・大坂城などに手腕を発揮した。また、情報収集にもたけ、家康にも重用された。

略歴
弘治2(1556)年 近江国犬上郡藤堂に生まれる。
天正15(1587)年 紀伊国(現和歌山県)粉河城主となり2万石の領地を受ける。
天正20・文禄元(1592)年 朝鮮出兵(文禄の役)に参陣。
文禄4(1595)年4月 主君豊臣秀保の死去により、高野山に入る。ほどなく山を出て、豊臣秀吉に仕える。
            7月22日 宇和島7万石城主となる。
慶長2(1597)年 再度朝鮮出兵(慶長の役)に参陣。
慶長5(1600)年 関ヶ原参陣の後、20万石に加増。
慶長7(1602)年 今治城築城に着手。
慶長13(1608)年8月 養子高吉を今治城代に残し、伊勢国津(現三重県)に領地替え。
寛永7(1630)年10月5日 江戸屋敷において75歳で永眠。墓所は東京都上野寒松院。

<関連図書>
  • 須田武男『豊臣時代の伊豫領主の史料研究』 愛媛県教育公務員弘済会 1975年
  • 桜井久次郎『伊予大洲論叢第11編 大洲藩新谷藩研究』 大洲藩史料研究所   1977年
  • 藩主人名事典編纂委員会『三百藩藩主人名事典第4巻』 新人物往来社 1986年
  • 愛媛県史編さん委員会『愛媛県史 近世上』 愛媛県 1986年
  • 横山高治『藤堂高虎』 創元社 1987年
  • 愛媛県史編さん委員会『愛媛県史 人物』 愛媛県 1989年
  • 徳永真一郎『藤堂高虎』 PHP研究所 1990年
  • 井上宗和『四国の城と城下町』 愛媛新聞社 1994年
  • 『県民メモリアルホール人物探訪 第1集』 愛媛県生涯学習センター 1997年
(肖像画:四天王寺蔵)

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