愛媛の偉人・賢人の紹介
中村 草田男 なかむら くさたお (1901〜1983)

 俳人。清国(現中国)福建省厦門に生まれる。本名は清一郎。高浜虚子の勧めで東大俳句会に入会し、『ホトトギス』同人となり、石田波郷らとともに人間探求派と呼ばれた。戦後、月刊俳詩『萬緑』を創刊し、自他の生き方を求め、主客融合の象徴の自在境に到達し、思想詩としての俳句を結晶させた。

略歴
明治34(1901)年7月24日 父の任地清国福建省厦門の日本領事館で生まれる。
明治37(1904)年 帰国し、伊予郡松前町に住む。
明治39(1906)年 松山市に転居。
大正3(1914)年 松山中学校(現松山東高等学校)に入学し、伊丹万作らの同人誌に加わる。
大正10(1921)年 松山中学校卒業。松山高等学校(現愛媛大学)入試に失敗(翌年、同高等学校入学)。西欧文学を読みふける。
大正14(1925)年 東京帝国大学文学部独逸文学科(現東京大学)に入学する。
昭和4(1929)年 高浜虚子を訪ね師事し、東大俳句会に入会。
昭和8(1933)年 大学を卒業し、成蹊学園に就職。
昭和14(1939)年 石田波郷・加藤楸邨・篠原梵と共に参加した座談会を機会に、これらの人々ともに、人間探求派とよばれるようになる。
昭和21(1946)年 月刊俳誌『萬緑』創刊。
昭和28(1953)年 句集『銀河依然』刊行。8月、亡母の納骨のため帰郷。
昭和34(1959)年 石田波郷・星野立子とともに「朝日俳壇」選者となる。
昭和35(1960)年 現代俳句協会幹事長となる。
昭和36(1961)年 現代俳句協会幹事長をやめ、俳人協会を創立、会長となる。
昭和45(1970)年 万国博覧会のタイムカプセル収納品に句集『長子』が選ばれる。
昭和58(1983)年8月5日 82歳で永眠。墓所は東京都あきる野市の五日市霊園。
昭和59(1984) 日本芸術院賞恩賜賞受賞

<関連図書>
  • 中村草田男『銀河依然』 みすず書房 1953年
  • 中村草田男『風船の使者』 みすず書房 1977年
  • 中村草田男『長子』 みすず書房 1978年
  • 中村草田男『中村草田男全集』 俳人協会 1990年
  • 中村弓子『わが父草田男』 みすず書房 1996年
(写真提供:松山市立子規記念博物館)

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