 |
俳人。松山藩士。松山(現松山市)を中心に活動した人。通称は文右衛門。蕉風俳人であるが、淡々流の影響も受け、甥の中山五嶺に淡々流の書を伝えている。小倉志山、河端五雲らとともに、松山初期俳壇の中心人物であった。彼の句は、『十夜の霜』や『素羅宴』などに収められている。
略歴
| 貞享5・元禄元(1688)年 |
出生。 |
| 延享元(1744)年11月 |
小倉志山編『俳諧霜夜塚』刊行。更互の句が収められている。 |
| 延享4(1747)年10月 |
村山一志編『素羅宴』刊行。更互の句が収められている。 |
| 宝暦元(1751)年10月 |
久万地方の俳諧の中心人物であった佐伯寿風の追悼集『十夜の霜』刊行。更互による跋文(後書き)が載せられている。 |
| 宝暦9(1759)年2月18日 |
72歳で永眠。 |
<関連図書>
- 星加宗一『愛媛文化双書23 伊予の俳諧』 愛媛文化双書刊行会 1975年
- 愛媛県史編さん委員会『愛媛県史 文学』 愛媛県 1984年
- 愛媛県史編さん委員会『愛媛県史 人物』 愛媛県 1989年
|
|