愛媛の偉人・賢人の紹介
中山 五嶺 なかやま ごりょう (1722〜1791)

 俳人。松山藩士。松山(現松山市)を中心に活動した人。本名は親宣。通称は善太郎。中山更互の甥で、いろいろ俳諧の伝書を受けているが、河端五雲に師事し、俳諧を学ぶ。彼の句は『俳諧霜夜塚』にあり、『俳諧器水弁』などの俳論も残し、更互・小倉志山・河端五雲亡き後、松山俳壇の中心となり活躍した。

略歴
享保7(1722)年 出生。
宝暦4(1754)年 『俳諧器水弁』を編集し、刊行。
宝暦10(1760)年 『俳諧十七ケ条』を編集し、刊行。
寛政3(1791)年2月 70歳で永眠。

<関連図書>
  • 景浦勉『伊予俳諧史』 伊予史談会 1958年
  • 星加宗一『愛媛文化双書23 伊予の俳諧』 愛媛文化双書刊行会 1975年
  • 愛媛県史編さん委員会『愛媛県史 文学』 愛媛県 1984年
  • 愛媛県史編さん委員会『愛媛県史 人物』 愛媛県 1989年

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