愛媛の偉人・賢人の紹介
村上 壺天子 むらかみ こてんし (1887〜1984)

 俳人。教育者。越智郡大山村(現今治市吉海町)出身。本名は万寿男。師範学校時代に村上霽月らから俳句の指導を受け、のち松根東洋城に師事し『渋柿』選者となる。書画をよくし、豊かさ渋味、枯淡合一の作品を遺す。俳句に書画に精神を飛翔させ、流水悠々の生を楽しんだ。句碑も多い。

略歴
明治20(1887)年12月1日 越智郡大山村字泊(現今治市吉海町)に重松藤太の二男として生まれる。
明治36(1903)年 愛媛師範学校に入学。愛媛師範俳句会で村上霽月に指導を受ける。
明治42(1909)年 大山村余所国(現今治市宮窪町)の村上チカエの婿養子となり村上家を継ぐ。
明治43(1910)年 余所国小学校校長となる。
大正8(1919)年 弓削小学校校長に転勤する。
大正10(1921)年 『渋柿』の同人となり、投稿を始める。
昭和2(1927)年 『壺天子句集』を刊行。
昭和4(1929)年 松山市の余土小学校校長となる。
昭和13(1938)年 松山市の余土小学校校長を辞任する。
昭和20(1945)年 戦災に遭い、大島の余所国に帰る。
昭和24(1949)年 松根東洋城を大島に迎え、数日間自炊生活をおこなう。
昭和28(1953)年 第1回個展を今治で開く。再び松山に帰る。
昭和46(1971)年 県立美術館で武者小路実篤、小川千甕と三人で寿老三人展を開く。
昭和59(1984)年12月26日 97歳で永眠。

<関連図書>

  • 『えひめ 人 その風土』 愛媛放送株式会社 1986年
  • 『愛媛県人名大事典』 愛媛新聞社 1987年
  • 愛媛新聞社情報出版局出版部『えひめ俳人名鑑』 愛媛新聞社 1992年
(写真提供:今治市教育委員会)

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