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学校創設者。実業家。温泉郡山西村(現松山市)出身。大阪に出て製革所に勤めるが、その後、独立して工業用ベルトを中心とする製革業や関連事業を興し成功した。一方、大阪で勤労少年のために小学校を私費で設立したり、ふるさと松山で松山高等商業学校(現松山大学)の設立にもかかわるなど、教育の振興にも力を注いだ。また、大阪における工業人の集まりである大阪工業会の設立にも尽力した。現在でも、松山大学の同窓会は、長次郎が温山と号したことから、「温山会」と呼ばれている。
略歴
| 安政4(1857)年5月29日 |
温泉郡山西村に生まれる。 |
| 明治10(1877)年 |
上阪。藤田組製革所入所。 |
| 明治13(1880)年 |
藤田組の事業縮小のため、同所をやめる。 |
| 明治15(1882)年 |
大倉組製革所に入所。 |
| 明治18(1885)年 |
独立して製革工場を創業。 |
| 明治21(1888)年 |
初めてのベルト製造。大阪紡績株式会社で新田組のベルトを採用。 |
| 明治24(1891)年 |
ピッカーの製造開始。 |
| 明治38(1905)年 |
呉海軍工廠の高速度鋼切断用ベルトを製作。 |
| 明治44(1911)年 |
我が国初のタンニンエキスの製造。 |
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大阪浪速区に私立夜学校である有隣小学校を設立。 |
| 大正3(1914)年 |
大阪工業会設立。 |
| 大正8(1919)年 |
ベニヤ板の製造を開始。 |
| 大正12(1923)年 |
松山高等商業学校を設立。 |
| 昭和11(1936)年7月17日 |
80歳で永眠。 |
<関連図書>
- ニッタ株式会社『ニッタ株式会社百年史』 百年史編纂委員会 1985年
- 愛媛県史編さん委員会『愛媛県史 人物』 愛媛県 1989年
- 西尾典祐『至誠 評伝・新田長次郎』 中日出版社 1997年
- 『県民メモリアルホール人物探訪 第3集』 愛媛県生涯学習センター 1999年
(写真:愛媛県生涯学習センター蔵)
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