愛媛の偉人・賢人の紹介
作 兵 衛 さくべえ (1688〜1732)

 篤農家。伊予郡筒井村(現松前町)出身。「義農作兵衛」の呼び名でよく知られている。享保の大飢饉の際、種子の大切さを思い、麦種を食用とせず、麦袋を枕として、「私は餓死してもこの麦種によって、多数の生命を救うことができる。」といって息を引きとった。その後、その麦種は村人によって大切にまかれた。人々からは、義農として追慕され、その功績は現在も語り継がれている。

略歴
貞享5(1688)年2月 伊予郡筒井村(現松前町)に生まれる。
享保17(1732)年9月23日 享保の大飢饉の際に麦袋を枕にしながら45歳で永眠。
安永5(1776)年 松山藩第8代藩主松平定静が、作兵衛の碑を建てて顕彰。
明治14(1881)年 筒井及び近隣の村の有志が、作兵衛のための神社建立を申請し許可される(義農神社)
※ 享保の大飢饉
雨が5月から7月まで降りつづき、また、浮塵子(うんか)が発生し、雑草まで食い荒らした結果、米の収穫は皆無。麦は2,3分の収穫で、百姓はわずかに蓄えていた雑穀で飢えをしのいだ。筒井村は重信川の氾濫で特に被害が甚大であった。

<関連図書>
  • 愛媛子どものための伝記刊行会『愛媛子どものための伝記 第4巻  鍵谷カナ・下見吉十郎・義農作兵衛』 愛媛県教育会 1983年
  • 愛媛県史編さん委員会『愛媛県史 人物』 愛媛県 1989年
  • 新井政義『愛媛県風土記』 旺文社 1991年
(銅像:義農神社)

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