| 承応2(1653)年 |
宇摩郡中之庄村鶴屋敷(現四国中央市中之庄町)に生まれる。 |
| 延宝5(1677)年 |
惟中編『俳諧三部抄』刊行。羨鳥の句が収められている。 |
| 延宝7(1679)年 |
坂上一族で中之庄に薬師如来奉納。 |
| 元禄6(1693)年 |
中之庄の持福寺に梵鐘及び鐘楼奉納。 |
| 元禄8(1695)年 |
三島大明神に神門寄進。 |
| 元禄9(1696)年 |
『簾』を編集し、刊行。羨鳥の句が収められている。 讃岐の金毘羅宮へ灯篭奉献。 |
| 元禄14(1701)年 |
『たかね』上中下を編集し、刊行。羨鳥の句が収められている。 |
| 宝永元(1704)年 |
持福寺へ客殿建立。 |
| 宝永2(1705)年 |
讃岐(香川県)の金毘羅宮へ手水鉢奉献。 |
| 宝永4(1707)年 |
河内(現大阪府)の蓮体和尚を招き、阿波(現徳島県)の持明院で講義を開き、持福寺で供養の大法要を行う。 |
| 正徳3(1713)年 |
『花橘』上下を編集し、刊行。羨鳥の句が収められている。 |
| 享保5(1720)年 |
河内国清水村地蔵院本堂、持福寺宝蔵建立。 |
| 享保10(1725)年 |
讃岐国大野原村萩原地蔵院本堂建立。同寺へ曼荼羅など奉納。 |
| 享保15(1730)年7月5日 |
78歳で永眠。 |