愛媛の偉人・賢人の紹介
高月 狸兄 たかつき りけい (生年不詳〜1762)

 俳人。商人。吉田(現宇和島市吉田町)を中心に活動した人。淡々門の主要俳人富天に師事し、椎本芳室編の『妻戸埜波那』に連句を定雄、恩竹とともに寄せている。伊勢神宮などへの紀行『存のほかの日記』を残し、吉田に淡々流を広めた。

略歴
生 年 不 詳
元文5(1740)年 富天編『押花宴』刊行。狸兄の句が収められている。
寛保2(1742)年 富天が吉田に来遊し、もてなす。
寛保3(1743)年 芳室編『妻戸埜波那』刊行。狸兄の連句が収められている。
延享元(1744)年 蛙井編『頭陀袋』に淡々とともに序を寄せる。
宝暦3(1753)年 竿秋編の淡々80歳の賀集に11句収められている。伊勢神宮参拝後、東海道、越後から軽井沢を旅する。
宝暦4(1754)年 『存のほかの日記』刊行。
宝暦12(1762)年 永眠。

<関連図書>
  • 愛媛県史編さん委員会 『愛媛県史 文学』 愛媛県 1984年

愛媛県生涯学習センター振興課:TEL 089-963-2111(内線110)
掲載情報の無断転載を禁じます。