愛媛の偉人・賢人の紹介
河端 五雲 かわばた ごうん (1699〜1772)

 俳人。松山藩士。松山城下(現松山市)出身。本名は氏房。通称は藤太夫。若くして藩に仕え、江戸常府の番頭といった重職にも就いている。江戸勤務の余暇に、蕉風復興を唱えた佐久間長水より俳諧を学んだといわれ、中山更互・小倉志山らとともに、松山初期俳壇の中心人物であり、俳壇の発展に貢献した。句集『矢立の露』、『大名竹』に彼の句はまとめられている。

略歴
元禄12(1699)年 松山藩士の家に生まれる。
正徳3(1713)年 藩主松平定英の御側役として、仕え始める。
享保8(1723)年 江戸詰となり、奉行用人・徳川家献門方などを歴任し、俸禄500石を支給される。
この江戸詰の間、佐久間長水に俳諧を学ぶ。
延享元(1744)年11月 小倉志山編『俳諧霜夜塚』刊行。五雲の句が収められている。
宝暦元(1751)年 江戸常府の番頭となる。
            10月 久万地方の俳諧の中心人物であった佐伯寿風の追悼集『十夜の霜』刊行。五雲による序文が載せられている。
明和6(1769)年 帰郷し、伊予で俳諧を指導。帰郷に際し、俳友・門弟たちにより送別の句会が催され、その時の句を息子が編集し、『矢立の露』として刊行。
安永元(1772)年 明和8年からの句が、『大名竹』として編集され、刊行される。
            12月22日 74歳で永眠。

<関連図書>
  • 景浦勉『伊予俳諧史』 伊予史談会 1958年
  • 星加宗一『愛媛文化双書23 伊予の俳諧』 愛媛文化双書刊行会 1975年
  • 愛媛県史編さん委員会『愛媛県史 文学』 愛媛県 1984年
  • 愛媛県史編さん委員会『愛媛県史 人物』 愛媛県 1989年

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