愛媛の偉人・賢人の紹介
一   遍 いっぺん (1239〜1289)

 鎌倉時代の僧。時宗の開祖。伊予国道後の宝厳寺の地(現松山市)に生まれる。信じる人にも信じない人にもみんなに区別なく、「南無阿弥陀仏決定往生六十万人」と書いた念仏札をくばる賦算を行った。また、踊念仏を行い、貴賤を問わず、広く老若男女に支持をうけた。その念仏勧進の旅は、南は九州大隅国(現鹿児島県)から、北は陸奥国江刺(現岩手県)にまで及び、各地に念仏踊りとして伝えられている。

略歴
延応元(1239)年 伊予国の道後の宝厳寺の地(現松山市)に生まれる。
宝治2(1248)年 母に死別する。出家。
建長3(1251)年 太宰府の聖達に入門。
弘長3(1263)年 父の死により帰郷し、仏門を離れ俗世に戻る。その後、再出家。
文永8(1271)年 信濃善光寺に参詣。二河白道図を写し、帰郷。
文永10(1273)年 菅生の岩屋寺にこもって修行した。
弘安2(1279)年 善光寺へ赴く。信濃の小田切の里で踊り念仏開始。
弘安3(1280)年 白川関を越え、奥州江刺郡にある祖父河野通信の墓に詣でる。
弘安5(1282)年 鎌倉入りに失敗するが、片瀬(現神奈川県藤沢市)の踊り念仏で多数の帰依者を得る。
正応2(1289)年 兵庫観音堂で51歳で入滅。墓所は、神戸市の真光寺。

<関連図書>
  • 大橋俊雄『一遍』吉川弘文館 1983年
  • 金井清光『一遍上人ものがたり』 東京美術1988年
  • 浅山圓祥『一遍と時衆』 一遍会 1989年
  • 今井雅晴『一遍辞典』 東京堂出版 1989年
  • 愛媛県史編さん委員会『愛媛県史 人物』 愛媛県 1989年
  • 松尾剛次『鎌倉新仏教の誕生』 講談社 1995年
  • 梅谷繁樹『捨聖・一遍上人』 講談社 1995年
  • 長島尚道『絵で見る一遍上人伝』 ありな書房 1996年
  • 『県民メモリアルホール人物探訪 第2集』 愛媛県生涯学習センター 1998年
(一遍上人像:宝厳寺蔵)

愛媛県生涯学習センター:TEL 089-963-2111
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