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| 名前 | 生年・没年 | 説明 | |
|---|---|---|---|
| 河野 通有 コウノ ミチアリ |
1250 ~1311 |
鎌倉時代の武将 | 久米郡石井郷(現松山市)の生まれ。弘安4年の弘安の役では、博多湾の石塁を背にして陣取り、「河野の後築地」と賞賛されるほどの豪胆さで奮戦した。後、西国の海賊の鎮圧にもあたった。 |
| 足立 重信 アダチ シゲノブ |
生年不詳 ~1625 |
松山・加藤家の重臣 | 美濃国(現岐阜県)の生まれ。土木治水に精通し、加藤嘉明のもとで重信川・石手川の改修、松山城の築城や城下町建設を指揮し、松山繁栄の基礎をつくった。 |
| 藤堂 高虎 トウドウ タカトラ |
1556 ~1630 |
宇和島城主 今治城主 |
近江国犬上郡藤堂(現滋賀県)生まれ。宇和島7万石、後、今治20万石の城主。築城法に優れ、今治城、江戸城などに手腕を発揮した。家康に重用されて津(現三重県)城主に転封した。。 |
| 加藤 嘉明 カトウ ヨシアキ |
1563 ~1631 |
松山城主 | 三河国幡豆郡永良郷(現愛知県)生まれ。松前6万石、後、20万石の城主。勝山の地に松山城を築城するとともに、重信川や石手川の改修など城下町を整備し、現在の松山の基を築いた。 |
| 松平 定行 マツダイラ サダユキ |
1587 ~1668 |
松山・松平家 初代藩主 |
三河国宝飯郡西郡(現愛知県)生まれ。道後温泉の施設の充実をはじめ、松山城天守閣の改修や殖産興業政策を推進し、松山藩の基礎を固めた。父定勝は徳川家康の異父弟。 |
| 伊達 宗城 ダテ ムネナリ |
1818 ~1892 |
宇和島・伊達家 第八代藩主 |
江戸(現東京都)生まれ。文武を奨励し、二宮敬作等を重用し蘭学の導入を図るなど、幕末四賢侯の一人に数えられた。維新後も議定、大蔵卿等の要職を歴任した。 |
| 勝田 主計 ショウダ カズエ |
1869 ~1948 |
県人初の大蔵大臣 | 松山城下の御宝町(現松山市)生まれ。大蔵次官を退官後、貴族院議員に勅撰され、大正5年、県人初の蔵相となる。その後、再度の蔵相や文相を歴任した。俳句を好み宰州と号した。 |
